3話

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 糸に捕えられ連れてこられたのは、あの社の中か。張り巡らせられた蜘蛛の糸は、一人の女性を中心に作られているように見える。  この様な場所で糸を操って、まさか言葉が通じる相手だと思いもよらなかった。 「貴女が、私をここへ?」  私に何の用があるというのか? 初めて立ち寄った場所、これも奇縁というものか。 「わらわが捕えてきたわけではない。糸が勝手に運んでくるだけだ」 「その糸を操っているのは貴女でしょう?」 「わらわではないと言っておろう? 糸は勝手に伸びる。わらわが空腹だと言えば、すぐにでもどこかから人間が連れてこられる」 「空腹だったのですか?」  腹が空き、私が連れてこられた。それならば、待ち受ける運命は決まっている。  私の旅はここで終わりだ。  許されぬ相手へ情を抱いた私への罰。それならば、慎んで受けねばならぬ。 「いや。ただ退屈だったのだ」  退屈とは。何とも贅沢な悩み。  話し相手をご所望か? それとも遊び相手か。   「それでは退屈しのぎに、私が話し相手になりましょう」 「わらわの話し相手か! そのような申し出、初めて受けたぞ」  それはそうだろう。この様に不気味な場所でなければ、あの妖艶な体つき。生唾を飲み込む男がいないわけがない。 「あぁ愉快! もう人間は呼び寄せぬつもりではいたが、最後がこの男だとしたら何とも愉快な終わりだ」 「最後?」 「さよう。人間を喰らうのも、この様な場所で何を為すこともなく生き続けるのも退屈だ。もうわらわの気を動かすのは本能しかない。ただ、そんな生き様は虚しいだけであろう」  目を伏せながら自嘲的に笑ったその顔は、儚げにも見えて、余計に彼女への興味をそそる。 「そのように考えるとは……」  物の怪の(たぐい)であろうに、まるで人間ではないか。   先の村の女性たちよりもずっと成熟した思考に、昨夜の居場所はここであるべきだったと、胸の中を後悔が騒つく。 「なんだ? わらわの様な物がそのように考えるのが不思議か? こう見えて、お主より長く生きておる。考えるのは、何も人間ばかりではない」  彼女の冷えた視線、唇をなぞる紅の舌を見れば、喉の奥が締められたように息ができない。  ヒューっと頼りない吐息をたてながら、もう一度口を開いた。    
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