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目の端に入ったものはもしかしたら――心当たりに目を瞑って、もう一度彼女に目を向ける。
見れば見るほど魅力的な姿。その周りを何が取り囲んでいようと、さして問題ではない。
そもそも、人間がそれほど高尚なものであっただろうか。本能に抗うことのできないのは、人間だって変わらない。
にもかかわらず、自分達と違うものを差別し、自らが勝手に作り出した枠の中にいれることのできないものを侮蔑し、それらを排除してきたはずだ。
内の中にうごめく欲にだけ従順である彼女たちの方がどれだけ高尚だろうか。
「既に過ぎた時の話。記憶を辿る必要もないでしょう」
「わらわの側にと申すのであれば、其方も大層変わり者よのう。これまでの人間どもはこぞって逃げ出したというのに」
本当に楽しそうに笑う彼女の笑い声は、社の中に高く響き渡って。朝焼けと共に感じる澄んだ空気が流れ出でるように、清涼感が駆け抜ける。
会話を重ねれば重ねるほどに薄くなっていく壁に、物質同士の距離も縮んでいった。
故郷を思い返せば、未だに忘れられぬ画が浮かぶ。
旅を続け、絶ちきることを熱望した想いを、ここでなら忘れることができるだろうか。
それとも、彼女にとっての最後の人間が私であるならば、私の最期もここになるのか。
それも構わない。このまま心穏やかに過ごす日々も悪くない。
彼女の側に侍り、一人穏やかに時間を溶かす。
勿体ないなどとは思わない。彼女といられるこの時間をどれだけ続けることができるのか、私にはわからない。
そう。私にだけわかっていなかった。
本能に負けた生き物が、目をぎらつかせながら社の外まで寄ってきていること。
糸が伸びぬようにと、彼女が懸命に恐怖に耐えていたことを。
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