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5話
楽しい時間とは、かくも急ぎ足で過ぎ去るものか。これまでの生の中では感じることのできなかった充足感。
満たされた想いに身を埋めながら、近寄る恐怖から目を逸らす。
私にとっての最後の人間。それは間違いなく彼だ。
ただそれを、彼に強いても良いのだろうか。
忍び寄る恐怖の時は、間違いなく彼に最期の瞬間を見せる。
その刹那、彼は私を恨むだろう。彼から与えられる憎悪の感情を、受け止められるだろうか。
「退屈しのぎももう十分だ。さて、この時間もそろそろ終わりにしよう」
彼を解放してやろう。まだ間に合うに違いない。
「私を、喰らうのですか?」
「いや。まだ腹は減ってはおらぬ。ただ、急用ができた。其方との時間は終わりにしよう」
私も女々しいな。ここから逃げろと、一言そう言えば良いだけなのに。
では、と言われて足早に立ち去られるのがかくも怖いか。
ひと呼吸の間ですら、この時間を長引かせたいか。
「貴女の急用が終わるまで待ちましょう。その時に空腹であるならば、この身を差し出しますよ」
「其方は解放してやる。もう糸が伸びることはない。安心して出ていくが良い」
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