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それは、あまりにも直線的なプロポーズだった。
『京香のこと、一生大切にします……結婚してください』
この日のために準備してきたのか、オフィスタワーの最上階にある高級フレンチレストランで、彼は明らかに高価であろう、ダイヤモンドが光り輝く結婚指輪を見せながら、そう言った。
薄い光を放っているシャンデリア、窓から見える東京タワー、ウェイトレスさんが持ってきてくれたバラの花束……まさにロマンチックなシチュエーションだった。
だけど私は……。
『ごめんなさい。ちょっと考えさせて』
まさかの返答に彼は一瞬、時が止まったような顔をした。
唖然とした表情のまま、口を半開きにして状況を飲み込めないでいる。
隣に立っているウェイトレスさんも気まずそうだ。
この日のために用意したのであろう、シワ一つないネイビーのセットアップは見たことがない。
いつもは無造作なのに、今日だけは分け目をきっちり七三で分けている。
普段はワックスなんか使わないのに。
外見を全然気にしない彼が、ここまで本気で用意してくれた。用意してくれたのに……。
『本当にごめんね!』
と、レストランを飛び出す私。
一般的に、これくらい準備してくれたプロポーズだったら、ほぼ100%の確率でOKが出るはずだと、彼も信じて疑わなかったはず。
でも、気になってしまった。
理由はただ一つ。
プロポーズの言葉に、何の面白みもなかったから。
売れっ子の作詞家である彼が、まさかあんな安直な言葉で済ませようとしているなんて……。
言葉を生業にしているなら、もう少し印象深い言葉を残してほしかった……。
たった、それだけの理由だ。
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