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私は生駒 愛子。これは本名。
そして別名、生田 愛。こっちはペンネーム。
京香は、私にペンネームがあるだなんて、夢にも思っていないでしょう。
レコード会社で社員として働きながら、作曲家兼作詞家として活動している。
――最初京香の歌を聴いた時、そしてその表情や仕草を見た時、雷に打たれたような衝撃が走った……。
私は小さい頃から、周りの子とは性的指向が違った。
いわゆる、性的マイノリティ。同性愛者。
誰にも言えず、ずっと胸の内に秘めていた。
大人になっても誰にも打ち明けられず、このまま孤独に死んでいくんだと腹を括って過ごしていた時に、京香と出会った。
京香を見た時、直感が働いた。
彼女は絶対、私のものにする。自分でも恐ろしいほど、一直線な感情だった。
確固たる想いが私の脳を支配して、そして欲に忠実に動けと指示してくる。
私はすぐに計画を企てた。
売れない作詞家としてくすぶっていた松尾君を利用しようと企んだのだ。
まだ私は、京香の恋愛対象になることはできない。親友止まりだ。
だったらせめて、うだつが上がらない松尾君と一緒になってもらって、毎日に不満を持って暮らしてほしかった。
だから私は、松尾君のゴーストライターになることにしたのだ。
松尾君の書く歌詞はセンスの欠片もなく、自力では確実に花開くことのできない残念な人材だった。
私の作った曲に松尾君を作詞家として入れて、あとは自分の会社に曲をプッシュしてもらう。
会社の力であっという間に曲は大ヒット。松尾君は新進気鋭の作詞家として有名に。
流れは完璧に働いた。
いつか、松尾君にゴーストライターがいたことを世間に公表し、京香が疲れ切ったところを私が救い、そして手にする。
いつかは、必ず私のものになる。
我ながら、よくここまで事が運べたなと思う。
だから今は、京香にはとことん松尾君を好きでいてもらいたい。
幸せが蓄積されていた方が、崩壊した時に洗脳しやすいだろうから。
惚気話だろうが何だろうが、私からしたら最高なノイズなのだ。
松尾君も今は幸せを嚙みしめているだろうけど、それはいつか崩れることになる。
楽に富なんか得られるわけはないんだ。騙される方も悪い。
今回のプロポーズ、京香が疑問に思うのも当然だ。
松尾君には言葉を操る才能がないのだから。
プロポーズの言葉も、松尾君なりに一生懸命考えたんだろうけど……危うく気づかれそうになった。
せめて世間にバラす時が来るまでは、上手くやってほしい。
今はまだ我慢。今はまだ、良い親友を演じないと。
いつか、私が京香を支えることになるだろうから。
その瞬間を楽しみに、今夜も京香の歌声を聴いている。
〈了〉
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