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 ホテルへの訪問が二度目でも、浅見が過ごしている場所かと思うと落ち着かない。  このリビングでくつろぎ、寝室のベットで眠る。以前来た時はあまりにも突然だったから、周りを見る余裕などなく、恥知らずな妄想をすることもなかった。  唯一、斗楽の緊張をほぐしてくれるのは、初めて来た時と変わらない美しい夜景だった。 「……やっぱり素敵だな、この夜景」  窓際まで歩み寄ると、星が散りばめられた様な世界に溜息がでる。  空には一等星が辛うじて見えるだけでも、ビル群から放たれる煌めきは見えない星々を補っていた。    夜の気配を眺めていると、窓硝子に映る斗楽に浅見の姿が重なった。  後ろを振り返ろうとした時、浅見の両腕が斗楽を閉じ込めるようにして、背中ごと抱き竦められた。 「あ、あの……浅見……さん?」  唐突に抱擁され、戸惑う斗楽は包まれた腕の中で身動(みじろ)いだ。 「斗楽君……ありがとう」    思いがけない言葉が囁かれ、斗楽は礼を言われる意味を考えたが思いつかず、言葉の続きを待った。 「早く斗楽君に会って、お礼が言いたかった。けど忙しくて中々会いに来れなかくてね……」 「お礼……ですか?」  何の? まずその言葉が頭に浮かび、斗楽は振り返って浅見の顔を見ようとした。けれどその行為に逆らうよう、包まれている両腕の力が増して閉じ込めようとしてくる。 「そう、お礼。俺にもう一度、歌うきっかけをくれた斗楽君に」 「えっと……でも、それは俺が無理やり演出に組み込んでしまったからで……」    確かに今回のCMの件で、浅見に歌ってもらうよう打診はしたのは斗楽だ。  お酒を(たしな)みながら、温泉に浸かって鼻歌混じりに歌を口ずさむ。斗楽の考えたプランはたったそれだけで、そのために色々取り組んだことはあった。そしてそれを斗楽は強引にと、思っていた。もちろん、だからと言って、浅見を担ぎ上げた記憶もないし、歌うように煽動したつもりもない。  それでも本人がと思っていたとすれば、恨まれても仕方ないとさえ思っていた。なのに、礼を言いたいとなどと、真逆のことを言われ、斗楽は浅見の表情から彼の真意を確かめようとした。  拘束されている腕から取り敢えず脱出しようと無理やり体を捻り、斗楽は後ろを振り向いた。けれどそれが失敗だった。  自分の行動が招いたのは、浅見と至近距離で対峙してしまったこと。  憧れていた『浅見薫』がすぐ目の前にいて、しかも体の表面同士が密着している。    斗楽は羞恥と緊張でおかしくなる前に離れようと、腕を突っぱねて浅見から自分の体を引き剥がそうとした。けれど離れるどころか反対に腕を掴まれ、そのまま体を引き寄せられると、お互いの心音が混ざるほど胸と胸が重なりあった。 「あ、あの……浅見さ──」 「……お礼の前にさ、斗楽君は俺の歌、どう思った」  突然の質問に、斗楽は返事に迷った。  歌声のことを言っているのか、それとも歌った事実のことを聞いているのか。  逡巡していると、体を包んでいる腕の力が強まってきた。   「……浅見さん、あの、取り敢えず離してもらえませんか。この状況はちょっと……困ります」 「困る? どうして」  甘い声と共に、浅見の顔が斗楽の首元に近づきそのまま肩に乗っかってきた。  首すじに吐息がかかり、ダークな麝香(じゃこう)の香りが濃厚になると、斗楽はフェロモンにあてられ、生理現象的にヤバい状況になった。  ──浅見さん、いい匂い……。でもこのままじゃ俺……。  浅ましい体なのがバレるのを恐れ、斗楽は思いっきり浅見の胸を押して物理的な距離を作ろうとした。なのにそれはあっさり覆され、今度はしっかりと浅見の胸の中に閉じ込められてしまった。 「どうして逃げる。質問に応えてないだろ。ああ、そうか。斗楽が困る理由は、下半身にあるからかな」    耳元で囁かれた言葉に斗楽の心臓が凍りついた。同時に羞恥心が芽生えると、身体中の隅々まで焼け付くように熱くなり、涙が溢れそうになる。  ──どうしよう。男にこんな反応されたら、きっと浅見さんに気持ち悪がられる。  暴走する股間の熱を制御出来ず、耐えられなくなって顔を逸らした。すると瞬時に顎を掴まれ、そのまま角度をつけて浅見の方へと見上げる形に向けられてしまった。 「あ……さみ……さん?」 「斗楽、お前がを興奮させてるってことは、男が好きだからか。前もキスした時、嫌がらなかったし」  吐息がかかる距離で優しく問われると、斗楽は唇をギュッと噛み締めて、恐る恐る首を縦に振った。 「ご、ごめんなさい、すいません。き、気持ち悪いですよね。男の人が好きだなんて……。それにあのキ……スも、浅見さんの冗談だったんです……よね? だから俺、忘れようと……。あ、あの、もう帰りますから」  顎にある浅見の手を払いのけると、斗楽は強引に体を離し、浅見の拘束からするりと抜け出した。鞄を手にすると逃げるようにドアの方へ向かった。すると伸びてきた腕が行く手を阻むよう、壁に手を押し付け斗楽を閉じ込めてしまった。 「帰るのは早いんじゃないか? まだ飯も食ってないし、質問にも応えてない。斗楽は俺の歌を聴いて、どう思ったんだ」  静かな声音でまた囁かれ、俯いていた顔をゆっくり上げて目の前の双眸を覗き込んだ。  まだ数回しか会ったことがないのに、なぜか浅見が苦しげで、もがいているように見えた。手を差し伸べて、救いを求めているような。  無意識に斗楽の手が伸び、浅見の頬に触れると、凛々しい輪郭をそっとなぞった。   「お、俺は幸せでした……。浅見さんの歌を撮影の時に久しぶりに聴いて、俺はとても幸せでした。撮影のほんの僅かな時間でも充分過ぎるのに、浅見さんはまた歌うことを選んでくれた。そんな浅見さんを見れることが、俺は幸せなんです」  虹彩が膨らみ、勝手に涙が出そうになる。父との思い出だった浅見薫の歌声をまた聴くことができた。斗楽にとっては、この上ない幸せだった。それはきっと自分だけじゃなく、彼の歌を待ち焦がれていた人達も同じように喜んだはずだと。 「幸せ……か」 「はい、少なくとも俺はそう思ってます」  壁にもたせかけた腕の突っ張りが緩むと、そのままをゆるりと脱力させ、浅見の頭が甘えるように斗楽の肩に乗せられた。 「ごめん、ちょっと頭の中が雑然としてた。それに斗楽君が俺と同じだったのが、結構嬉しくて揶揄(からか)いたくなったんだ」 「同じ? 同じって、何が……」  言葉の意味がわからず、肩にもたれかけられたままの浅見の顔を覗きこもとした時、「俺、バイだから」と、打ち明けられた。 「だから、斗楽君の恋愛対象が男だってわかって嬉しかったよ。前はフライングでキスしちゃったから」 「あ……さみさん、それってどう言う——」  言いかけた言葉は、頬に触れられた浅見の唇で途絶えてしまった。  一驚する斗楽を見下ろす浅見の眸と絡まると、浅見の唇の熱さが蘇ってくる。  また揶揄われているのかも——。そう判断した斗楽は浅見の胸を突き放し、両手で鞄をだき抱えると、満面の笑みを作って見せた。 「ま、また揶揄ってるんですよね。俺が浅見さんのファンだから、俺がゲイってわかっても、浅見さんは優しいから俺を……邪険にできなかったんでしょ? 俺の心は十分喜んでます。だからもうそれ以上、揶揄わないでくださ——」  必死で張り上げた声は浅見の唇で塞がれ、斗楽の背中が壁に押し付けられた。  重ねられた唇が深く斗楽を貪ってくると、熱い舌が口腔に推し入ってきた。  淫靡(いんび)な水音が静寂の中に響き、羞恥で身体中が燃えるように熱い。  斗楽の口腔内で浅見の舌が好き勝手に暴れていると、脳髄まで痺れてきた。  抱えていた鞄がゴトンと床に落ちると、斗楽は空いた両手で浅見を突き放そうと腕に力を込めた。けれどその腕も浅見の片手で簡単に掴まれ、そのまま頭の上で一纏めにされて壁に貼り付けられてしまった。 「あ……さみさ——」  呼吸を整えるために、唇が一瞬離れた瞬間、名前を呼んでみたけど、また声ごと飲み込まれた。  激しさを増す唇と舌で、執拗なまでの愛撫を与えられ、斗楽の静まっていた雄が息を吹き返してくる。  布の下からもたげてくると、同じように熱を持った浅見のモノが斗楽の下腹部に触れているのに気付く。  ——浅見……さん、反応してる? 俺、男……なのに……。バイだから?  止まない口付けを受けながら、斗楽が頭の隅っこでそんなことを考えていると、物足りないと言うように唇が斗楽の首筋を這ってきた。  肌に唇を押し付けたかと思うと、舌でそこを舐め上げられ、舌先でチョロチョロと耳の中まで犯された。  舌と唇だけで攻められ続けると、斗楽の足は快感に抗えず、震えて立っていられなくなる。  床に引き寄せられそうな体を浅見の手で支えられ、軽々と持ち上げられると、そのままベッドに寝かされてしまった。  シーツに沈んだ途端、麝香の香りが立ち込めて斗楽の意識をおかしくさせる。  ベッドに寝かされた状況に呑まれていると、浅見の逞しい胸板が斗楽の体に重なってきた。  スーツのジャケットはいつの間にか脱がされ、浅見の指がシャツのボタンをひとつずつ外している。全て外し終えると、アンダーシャツをたくし上げられ、斗楽の上半身が露わになった。そこにも唇は落とされ、そのまま小さな突起の片方を優しく喰まれた。  瞬時に反応した斗楽の腰はピクっと浮き上がり、はしたない言葉が飛び出しそうな口を自分の手で覆った。 「なんで塞ぐ。聞かせてよ、斗楽君の声を」  浅見が耳元に息を吹きかけるように言ってくると、たまらず斗楽の背中が弓のようにしなやかに弧を描いた。  頑なに声を抑える斗楽の欲望を引き出そうと、情痴に囚われた浅見の手技が止まらない。  舌で小さな粒を舐め、反対側は潰しそうなくらいに指先で摘みあげてくる。 「あぁ、はぁん……。あさ……みさ、ダメ……です……」  たまらず声をあげてしまった斗楽の下半身が、隆起した先端に受けた快感に呼応するよう、唆り立ってきた。  斗楽の喜悦を聞いて興奮したのか、浅見の手が小さな粒から離れると、斗楽のベルトを器用に片手ではずし、スラックスを下着ごと膝までずらした。 「あ、いや……だ。浅見……さんっ——」  静止を促す声を無視し、浅見が斗楽の下半身へと顔を埋めてくる。  小ぶりな斗楽のモノが温かい粘膜に包まれると、先端を強く吸われた。 「ああっ、だめ……きた……ない、浅見さん、あさ……みさっ、んんぅ」  斗楽の喘ぐ声で浅見の口淫が激しさを増し、吸っては擦るを繰り返す淫らな音が斗楽の思考を狂わせ、無意識に浅見の髪を掴んで乱れていた。 「斗楽……可愛いな。もっと声をだして俺を翻弄してくれ……」  耳にそんな言葉を注ぎ込まれると、脳が蕩けて麻薬のように快楽をもっとと欲してしまう。  浅見の攻め立ててくる、指や口、舌。おまけに低音の甘い声が一斉に斗楽を多幸感が待つ深潭へと(いざな)ってくる。 「あぁ、も……う、もう……イク……イっちゃう……あさ……みさっ、浅見さんっ。ううぅ、くぅ。あぁあ、あ、イクぅっ——」  耐えきれず放ってしまった白濁は、体のどこにも付着しておらず、下半身の方を見下ろすと、浅見が自身の口元を手の甲で拭っている姿が見えた。 「あ……すいません。す……いません、俺、おれ……なんてことを……」  自分のモノが浅見の口に入り、それだけではなく快楽の吐口にしてしまったことに、斗楽の顔が真っ青になってくる。 「何謝ってるんだ。こんなこと何でもないだろ、好きな相手のものなら」  ——好き……な……?  今、浅見は何て言った? 好きな……人? それって——。    まだ熱の冷めない斗楽を浅見が上から眺め、不意に乱れた前髪に触れられた。その指は優しく斗楽の顔や肩、腰の輪郭を撫でてから再び顔を包んでくる。頬に口づけされ、口角が緩んだと同時に唇は薄く開き、耳を疑うような言葉がそこから溢れた。 「斗楽君……俺と付き合わないか」          
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