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「――『好きな人』じゃなくて、『好きだった人』なんだ」
門限のある私のために駅への道を急ぎながら、慎太郎は「リナ」さんの話をしてくれた。
他校に通う慎太郎の元カノで、今は連絡が取れないらしい。別れた理由は、彼女の浮気だったという。
「めっちゃダサいけど、未練が全く無いって言ったら嘘になる。中一の時からずっと好きだったし……」
彼女のことを話す慎太郎の横顔は、とても辛そうだった。
「ごめん。こんな暗い話」
気丈に振舞おうとする慎太郎に、私は首を横に振る。
「私でよかったら話して。辛いことは話したほうが楽になるんじゃないかな」
私は失恋したことがない。それどころか、恋すらしたことがなかった。
だから、彼の気持ちの100%はわかってあげられない。
でも、悲しそうな顔は見たくなかった。
「慎太郎の話、何でも聞くよ」
「いや、夢にはこれ以上話さない。絶対に」
私の励ましに対し、慎太郎はきっぱりとそう答えた。
「どうして……?」
信頼されていないのだろうか。
胸にトゲが刺さったような痛みが走る。
「だって」と慎太郎は呟く。
「夢の前ではかっこつけたいから。俺、夢のこと……」
「え?」
カンカンカンと音が鳴り響く。すぐ先の踏切の遮断機が下りようとしていた。駅に行くためには踏切を越える必要がある。
私たちは話を中断して慌てて走り出した。けれど、やはり間に合わなかった。
「ああ、くそっ。門限、間に合うかな」
時間を気にしなければいけないのは私のほうなのに、慎太郎のほうが焦っているみたいだった。
「大丈夫だよ。ちょっとくらい遅れても」
門限はあるけれど、少し怒られればきっと解放される。日頃の行いが良いから信頼されているのだ。
「いや、もう出かけちゃだめだって言われたら困るじゃん。また夢とデートしたいのに」
「デ、デート……」
轟音を立てて電車が目の前を通過する。強い風に目を閉じると、指先が何か温かいものに包まれた。
見なくてもわかる。
この優しい温度は、慎太郎の手だ。
「夢は俺のこと、好き?」
電車が去って、世界が静かになる。
自分の心臓の鼓動までもが聞こえてきそう。
そう思った途端、また反対側から別の車両が走ってきて、私の髪をなびかせる。
「ずるいよ。そんな訊き方……」
私も彼の手を握り返した。
「……好きだよ。慎太郎のこと」
彼が微笑む。
私の震えた声は、しっかりと相手に伝わったみたいだった。
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