先輩と嫉妬と包容力

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先輩と嫉妬と包容力

居心地が悪い。 前にはテレビでよく見る有名な選手がいて、俺だけが部外者。 何でこんなことになったのか。 それは今朝の朝食の時に遡る。 「海斗、今日なんか予定ある?」 ランニングを終え、冷蔵庫からミネラルウォータを取り出し、飲み干した類がそう問いかけてきた。 定食屋の手伝いも、少年野球の監督業もなくなった俺にそれを聞くのか、とモヤっとしたが、それは胸に押し留めて…。 「別に、何にもないよ。リモートで講座聞くくらいかな」 「なら飲み会来ない?」 類って飲めるんだ、事故から先あまり関わってこなかったから、こいつがどんな付き合いをしてどんな交友関係なのか全く知らない。 「どんな飲み会?俺の知ってるやついるの?」 「あー」 そこで一旦言葉を濁してから 「知ってるやつばっかだよ、皆んなに言ったら連れてこいって言われてさ、どうかな?」 それを聞いて、都内にいる高校の野球部の奴らを想像したら少し懐かしくなった、事故以来皆んなとは関わりを絶っていたから。 しかも事故後、お酒はリハビリに良くないと言われていたのもあって成人してから飲んだことがなく、試すにはちょうど良いか、なんて思ってしまったのも良くなかった。 「酒飲めるかわからないけど、それでもいいのかな?」 「大丈夫、ウーロン茶でもジュースでも飲んでれば良いよ」 なんて言うもんだから、久しぶりに会えるみんなの顔を思い浮かべて類と2人、待ち合わせに間に合うようにタクシーに乗ってここまで来たんだ。 来たのは良いけど… 「お前、知ってるやつって…知ってる違いだろ」 横に座る類に小声で言って肘を子突く。 「知ってるだろ、テレビで見てるから」 そりゃそうだけど… 出てきたレモンサワーをちょびちょび飲みながら目を彷徨わせる。 「ねぇ、君って豊南の楠木君だよね?」 そう声をかけられたのは今年の盗塁王永原選手だ。 「あ、はい、知ってるんですか?俺のこと…」 「そら知ってるよ、甲子園に出てたの観てたもん、こいつプロに上がってきたら俺のライバルになるんじゃないか、って。」 「えっ?」 「類と一緒に出てたでしょ?俺がこいつにお願いしたの、会わせて欲しいって」 横にいる類が頷いた。 「類がチームに入ってきた時から会わせろって言ってたんだ、君さ、めちゃくちゃ足早いじゃない、しかも綺麗なフォームで盗塁してるのとか観て惚れちゃいそうだったもんな、いちファンなんだ」 驚きで声も出ない、だってこの人盗塁王だよ、そんな人に観てたって言われたらビックリするよね? レモンサワーを持った手を下ろせず、飲んでないのに口につけたまま恥ずかしすぎて下を向いた。 「こいつさ、会えるって類にOKもらってからウキウキしてんの、妬いちゃうよね〜」 と永原選手の横に座っていた唐橋選手、今年の沢村賞を取った投手だ。 「永原さんも唐橋さんも、海斗に会わせろってうるさかったんだ、悪い」 「や…大丈夫」 サワーの入ったグラスの取手を握りしめてまた下をむいてしまう。 「テレビ越しで観てた時はすげーカッコいい子だな、って思ってたけど、実物はこんな可愛いんだ。益々ファンになりそうだ」 「はぁ??」 唐橋さんが永原さんの頬をきつく摘んで 「なんて?どの口?お前の可愛いは楠木君なの?」 「イタタタタッ!!ち…違います、俺の可愛い人は唐橋さんです!」 ん? 今何か聞いてはいけないことを聞いてしまった?? 「あの…唐橋さんと永原さんって…」 「ああ、ごめん。この間ね、類から楠木君の事を色々聞いててさ、それもあって会わせろって言ったの。」 「はぁ…」 唐橋さんが永原さんの首根っこを捕まえて指差した。 「あ、こいつは単なる本当にファンの1人だよ!」 「えっと…」 もう一度類を盗み見ると 「唐橋さんと永原さん付き合ってんの」 「ええっ??」 「そーだよ、内緒だけどね〜、この業界なかなか難しいから、大っぴらには言えないんだけど」 そんな事、唐橋さんに相談してるんだ、意外。 類って秘密主義の絶対自分主義だったし、友達なんかもあまり作らず俺と野球ばっかしてたから、プロに行ってこんな交友関係があるだなんてちょっと驚いた。 「で、楠木君はアメリカついてくの?」 そこまで話してるんだ… 「あ…まだその…そこまでは」 箸でだし巻き卵を突きながら頬杖ついた唐橋さんが僕を見て少し笑った。 「だと思った、類は『連れてく』しか言わないからまだちゃんとした返事は貰ってないんだな、と」 言われた言葉が的を得ていて胸にズシっときた。 「でも今は一緒に住んでるんだよね?それは渡米する“準備“みたいなものじゃないの?」 横で唐橋さんが突いていた、だし巻きを切り分けて唐橋さんの口に差し出した永原さんがそう言って俺の方を見る。 「君たち2人の関係性は何となく見てたらわかるんだよね、形は違っても俺らもそうだったからさ。まぁこいつは類ほどの選手でもないけどな」 「なんてことを!!先輩についてくのに俺がどれだけ努力したことか!そらメジャーには程遠いですけど…」 俺と同じだ、ついていくのに必死で努力して頑張って、端の方でも同じ土俵に乗ろうと精一杯だった、だけど俺はプロの選手にもなれていない。 永原さんと一緒なんておこがましい。 「あれだろ“平等じゃない“そう思ってんじゃない?」 平等?そんな事考えた事もなかった、自分にできる事があるなら類についてっても良いんじゃないか、としか思わなかったけど、唐橋さんの言ってることは正しいように思う。 燻っているのはそこかもしれない。 「平等?そんなのはないですよ、俺は海斗が居てくれるだけで助けられてるんですから、充分“平等“です」 「そっか、本人達がそれでいいなら良いんじゃない?俺達が口出すことじゃないからさ」 頭の中が混乱している、少し冷さなきゃいけないかも。 「あのすみません、俺トイレに行ってきます」 「あ、なら俺も行ってくる〜永原ビール追加しといて」 立ち上がった俺と同時に立ち上がった唐橋さんに背中を押されて個室を出た。 「なんかごめんね、色々言っちゃって」 「いえ、大丈夫です…あの…」 「ん?何?」 「俺が悩んでるってわかりますか?」 「んー、わかっちゃうよ、類のあの態度は子供が大切なものとられたくないから手に入れたいって行動そのものじゃん」 「はぁ…」 「どうせ君の気持ち蔑ろにして外堀埋めてここまで連れてきたって感じじゃないの?」 トイレの前まで来たのに、唐橋さんの話が聞きたくて立ち止まってしまう。 「平等…って言葉を聞いた時胸がチクッとしました、あー、俺そこが引っかかってたのかも、って」 「だよね〜、そんな顔してた」 「でも…行きたくないわけじゃないんです、比重の違いはこれからも続くわけで、そこはどうしようもない、ってわかってるんです」 本音言うと中学の頃から無我夢中で追いかけてきた、類の腕を掴んだと思ったらまた離されての繰り返しで、でもそれが俺の生きる糧になっていたのも事実だ。 「好き…なのも最近気付いたくらい、あいつを追いかけるのが当たり前で、でも事故で卑屈になってしまったんです。目指してたプロにも届かない、あいつ自身にも届かない俺が悔しくて堪らなくて…好きなのはあいつしかいなかったからなのか、あいつ自身が好きなのかそれさえもあやふやで…」 両手でズボンを握りしめて顔は自然に下を向く。 事故の後からの癖になりつつあるこの動作が本当は1番嫌なはずなのに。 あたまをポンポンと優しく叩かれて、唇を強く結んだ。 「悩めばいいよ、まだ君達は若いんだ、あいつよりいい人が出来るかもしれないし、これからあいつの事がもっと好きになるかもしれない。でも覚えておいてやって、あいつは君の事だけしか見えず、君の夢を叶えるためにここまで突っ走ってきた、色んな誘惑も跳ね除けて。そんなあいつを俺は側で見てる、嫌になるくらい君のことしか考えてないよ、類は」 あ、ダメだ。 この人の包容力半端ない…。 途端、涙が溢れて止まらなくなった。 「あー、ごめんね、泣かすつもりはなかったんだ」 身体が包まれて、また頭をポンポンされる。 俺、子供みたいだ。 少し身を委ねようとしたその時、奥の襖が開いて類と永原さんがドタドタと足を鳴らしやってきた。 「何やってんですか!」 「唐橋さん、浮気!!」 類に引き剥がされて抱き込まれる。 唐橋さんは両手をあげて笑っていた。 それから部屋に戻り、永原さんが唐橋さんの腕に絡みついて離れず、類は類でムスッとしたまま食事会は終了。 帰る道中のタクシーの中で類は俺の手を握ったまま黙り込んで窓の外ばかり見ていた。 握った手の強さに帰ったらちょっと荒れるかな? これって嫉妬?なんて自惚れる俺がいた。 ああ、もう俺類のこと好きになってんじゃん、そう思ったら類の手を俺からも強く握りしめていた。 なんか唐橋さんと話せて良かった、胸がスッキリした気がして横から類を盗み見た。 早く家に着かないかな…なんて考えながらタクシーは夜の街をすり抜けていった。
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