自転車と野球

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自転車と野球

その日はいつもより自転車のペダルが重い気がした。 高2でどうにか甲子園にも出場ができたけど、優勝には届かなかった。 一つ自分の夢が叶えられた喜びの中、今しがた監督から連絡があって、大学から野球推薦の話が来ているから学校にきて話を聞いてみないか、と言われた。 取るものも取らず自転車に飛び乗って今学校に向かっている。 類の様に球団からのオファーではなかったが、自分の夢にもまだ一縷の望みが出来た、それだけで自転車のペダルが軽くなる…はずだった。 学校に向かう坂道を下っている途中、自転車のチェーンが外れてバランスを崩し、状況を立て直そうと自転車を降りようとしたその瞬間、後ろから車が来て俺の身体は宙を舞い地面に叩きつけられた。 息苦しくなって目が覚める。 部屋はまだ暗い。 緩い温度の冷房をかけているはずなのに、額からは汗が流れていく。 腕で額の汗を拭い取り、自分の状態をまざまざと思い知らされる。 額に残る跡、現役の時とは違う足。 この間、類と話をしてからだ。 暫く見ることのなかった事故の夢。 掛け布団を剥ぎ取ってベットを降りた。 部屋を出て一階のキッチンで蛇口を開く。 勢いよく流れる水を眺めながら、自分の過去も簡単に流れ落ちてくれたらいいのに、そう思った。 コップに注いだ水を一気に飲み干してシンクの前でしゃがみ込んだ。 類が好きだ。 昔から俺には野球と類しかなかったんだから。 憧れの存在であり、なんでもわかってくれる幼馴染。 でも違う、俺とは違う。 「自分が嫌になる…」 まだ返事はしていない。 栄養学にスポーツ学? だってあれは少しでもあいつに近付く為の手段だっただけで、ちゃんと学んだわけでもない。 野球の本場に行くならちゃんとした知識のある人間の方がいいに決まってる。 『…だって俺はお前の為に野球を続けて来たんだから…』 そう言われて嬉しかった。 こんな卑屈になってばかりの俺を呆れず、見捨てず、掬い取ってくれるんだから。 ついて…いってもいいのかな? もう現役で過ごせないなら、その手伝いはしてみたい。 疼く胸の痛みは置いとこう。 類を手助けしてみたい。 立ち上がってリビングの窓のカーテンを引いた。 薄暗いまだ明け切らない外の景色はきっと陽が昇るほど色付いて行く。 俺も気持ちを切り替えていこう。 色づく景色の様に少しずつ… ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆ 『では次の話題です。日本シリーズを優勝に導いた立役者、家永類選手がメジャーリーグのチームに移籍する事が濃厚になりました…』 「日本のニュース番組も暇なのかな?」 ソファに座った俺にコーヒーの入ったマグカップを手渡し、横に腰掛けながら類が話しかけてくる。 「そらあんな移籍金と契約金で大リーグに行くやつなんか今まで日本人で居なかったからな〜」 「そんなもんか…」 「そんなもんだよ」 類はテレビを消して俺に抱きついてきた。 巻きついた腕は筋肉質で力強い。 「なに?」 「実感してる」 「何に?」 「海斗がここにいる、居てくれるってゆう実感」 肩口でそう言ってそのまま膝に頭を置いてた。 膝枕… 「男の膝なんかに乗っけても硬いだけだろ」 「海斗ってだけでいいんだ」 類は…好きだ。 恋愛なんて全く縁がなかった。 と言うよりそんな暇が皆無で、俺も類も部活、部活ばかりの生活だったから、この“好き“がそう言う意味での好きなのか俺にはまだはっきりわかっていない。 だからこういう行為には慣れないし、なんだか胸がモヤモヤする。 けどこうして甘えてくる類は昔から嫌いじゃない。 一度も染めたことのない少し硬い髪を手で撫でる。 そう言えば高校1年の時、1人だけ甲子園にスタメンが決まった夜、俺の家に来てなんとなくこうして同じ様に膝枕をさせられた。 類は類なりにプレッシャーだったんだと思う。 出たくても出れない先輩たちを押し退けてまだ猶予のある自分が出場する事に。 でもこの世界、実力がものを言うことくらい先輩達も承知していたし、類の実力を見ればそれが必然だってわかったんだろう。 誰も“お前が…“なんてことはひと言も言わなかった。 それがスポーツの世界における常識だからだ。 顔には出さないが、類もメジャーリーグ行きはプレッシャーに感じているんだろう。 「あの時と同じだな」 「何が?」 「高一の甲子園の出場が決まった日と同じことしてる」 類が体の向きを変え俺を見上げる。 「覚えてたんだ」 「覚えてるよ、甘えてるな、可愛いやつめ、って思ってたもん。多少は嫉妬もしてたけど」 類は複雑な顔をして俺の頬を触って来た。 「いつも俺は海斗に助けられてるんだよな」 首を持たれて下からキスをされる。 「あの時もこうしたかった」 「うん…」 まだ気持ちはあやふやなままだけど、2人共通の話題が出るとなんとなく甘やかしたくなるんだよな。 次は自分から顔を寄せて類の唇に触れた。 「いつ向こうに行くの?」 チームは決まった、まだ交渉中ってことにはなっているけど、それは建前だ。 「条件と待遇を話し合いに行くんだろ?」 下から腕を腕を伸ばして俺の耳を触りながら類はニコッと笑った。 「海斗も来てくれる?」 「なんで俺が…コーディネーターや代理人の人がいるんだろ?俺は部外者じゃん」 「部外者じゃないよ、なぁ海斗。向こうで結婚しないか?」 「え?」 「チームを決めた理由の1つに同性同士で婚姻できる制度がある所」 返事ができず黙ってしまう。 え?なんだって? 「アメリカの国籍とって結婚しよう?本気だよ?」 「そ…そんな急に…」 「契約、5年だからその間に考えてみて」 起き上がった類は顔を寄せてまたキスをする。 「してもいいって思ったら海斗からプロポーズしてよ」 「え…っと…」 「今まで待ったんだ、何年でも待てる。だから、海斗が俺を必要だと思った時、返事をくれたらいいから」 行く、行かないにしても類の栄養状況を知りたかった。 実家の定食屋を高校卒業してから手伝って、そこそこ料理も作れる。 そう思ってここに来たけど、まさかこんな話をされるとは思ってもみなかった。 「じゃあ俺、風呂に入ってくる」 「あ、うん」 立ち上がる際、俺の頭をグシャっとして風呂場に向かう。 俺が迷ってる、ってわかってるんだろうな。 キッチンに向かい2人分のマグカップを洗う。 ここに来て2週間がたった。 シーズンも終わって少し時間ができるかと思ったが、スポンサー契約、その他にも色々と忙しそうなので、落ち着いて話せてないのが現状だ。 この部屋に来た時も、俺と暮らす為に用意したんじゃないかと思うほど全てが揃っていたし、寝る為のベットもデカくてびっくりしたくらいだ。 俺の部屋も用意してくれていたが、寝具類が一切なくて、類からは同じベットで寝よう、と言われた。 “好き“の度合いが俺と類とでは少し温度差があるな、そう思った。 こんなんでやってけるのかな、俺… 明日は類も出かけるって言ってるし、俺も久しぶりに子供達に会いたい。 俺がいなくなってから、チームは佐々木に引き渡した。 コーチは佐々木の知り合いが引き受けてくれているけど、顔くらい見せにいってもいいよな。 スマホを取り出して佐々木にメールする。 急展開な2人の関係に、俺は少しばかりホームシックにかかっている様だった。 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆ 「なんでだよ、遠いだろ。行く必要ある?」 今朝、一泊で地元に帰ると告げたらなんだか感じの悪い返事が返って来た。 マネージメント契約している事務所のマネージャーが迎えに来ていたこともあってそれ以上何か言われることはなかったが、スッキリしない会話だった。 虫の居所でも悪かったんだろう。 そう思う事にした。 新幹線で1時間程で地元に到着する。 都会の街とは違って匂いがちがうって思うのは俺がやっぱり田舎者って事なんだろうな。 駅前からバスで20分、そこから歩いて5分に実家の定食屋がある。 「ただいま〜」 まだ11時とはいえ、うちの定食屋はなかなかの人気店。 BOX席8、カウンター8席で40席。 その席が半分くらい埋まってる。 俺がいなくなってからはバイトの人を雇って…あれ?いない? 「母さん手伝うよ!」 「帰ってきたの?」 「うん、バイトの人は?」 「急に子供が熱出したって言うから」 「そっか…なんかごめん」 「なんで謝るの、大丈夫よ、あんたが手伝う前は父さんと2人で切り盛りしてたんだから、余裕よ、余裕!」 どう見ても“余裕“って感じではないが、うちのお客さんはある意味“楠木食堂“の信者だから、多少時間が掛かっても文句も言わない。 だから母が『2人でも大丈夫』の根拠はここにある。 「とにかく手伝うよ」 俺ってここにいる時は少しでも役に立ててたのかな? 類の所に行こうかな、そう言った時両親はとても喜んだ。 俺が野球に未練を残しているのもわかっていたから、就職の話も一切してこなかったし、子供達の監督をすることに反対もしなかった。 甘えさせられていたんだな、俺は親に恵まれてる、今それをとても実感しながら馴染みの客に料理を運んでいく。 いつもの時間、父親に声をかけると 「行ってこい」 と言ってくれた。 事故があってから、自転車の点検は以前よりしている。 乗って出る前にチェーンの調子とハンドルを確認してから出発する。 見慣れた景色は類の所にいる時よりずっと落ち着く。 吹く風も俺を迎えてくれているかのようだ。 「気持ちいい」 連絡もせずに向かっているから、あいつら驚いてくれるかな? もう練習も始まってるだろう、会えるのが楽しみだ。 いつもの坂を降り、自転車を止めようした。 遠くに後輩や、子供達の姿が見える。 佐々木はとても気立がよく楽しく面白いやつだ、彼がいると陽の光を浴びる様に周りが明るくなる、遠くからその様子を眺め、自転車のハンドルを握る手が強くなった。 行くべきじゃない。 チームの団結力がもう出来上がっている。 そんな場所に全監督が行って輪を乱す様なこともしたくない。 ここにはもう俺の居場所はないんだな、俺のキャリアを潰した自転車、もう2度と乗らない、乗れないだろうと思った。 でも子供達の監督を頼まれた時、嬉しくて事故を起こしたことも忘れて自転車に飛び乗っていた。 ああ、俺って何にでも野球が関わってくるんだな、とペダルに足をかけながら空を見上げた。 「帰るわ」 両親にそう声を掛けて新幹線に飛び乗った。 あいつの言う通り行く必要がなかった事に少し複雑な心境で、新幹線の暗くなった窓に映る自分の覇気のない姿に辟易した。 駅に着く前、類から”いつ帰る?”とメールが来ていた。 返事をするのも邪魔くさいのでアプリの新幹線の経路検索の画面を送った。 最寄りの駅に着いて、暫く考えをまとめるために歩いてマンションまで戻ろうと外に出ると真っ黒なハイブリッドの車に寄りかかる大きな姿が見えた。 「海斗」 そう言って手を上げると、駆け寄ってきた類が俺の顔を見た途端、頬に手を当ててきて 「大丈夫か?」 と聞いて視線を合わせてくる。 なんだよ、なんでわかるんだ… なんだか悔しくて下を向くと優しく包み込む様に抱きしめられた。 「あそこにはもう俺の居場所はないみたい…」 「大丈夫、居場所ならここにある」 類の背中に握りしめ顔を胸に埋めた。 「帰ろ、俺たちの部屋に」 黙ったまま頷く。 部屋に帰って来てソファに座る類に抱きつく様に乗り上げ肩に顔を埋めた。 「甘える海斗も可愛いな」 「うるさい、黙って甘えさせろ」 「はいはい、俺の全部海斗のものなんで、ご自由に」 子供みたいで恥ずかしいけどこいつの懐が深すぎるのが悪い。 マジでハイスペック野郎め。 なんで俺の全てなんて受け止められるんだ。 お前ならめちゃくちゃ綺麗なお姉さんでも、俺よりイケメンのお兄さんだって手に入れられるじゃないか… 掃いて捨てるほどいるその辺の一般人だよ、俺は… 「泣かないでくれ、俺はお前の涙に1番弱いんだ」 「じゃあ一生弱っとけ、俺の面倒みるって結構大変だぞ」 片手で頭を撫でられ、もう片方で腰をギュッと引き寄せられる。 「望む所だ、お前の全部俺に寄越せ、一生退屈な人生なんて味合わせてやらない、毎日ドキドキワクワクしとけ」 あーー、ダメだ好きだ。 ”幸せにしてやる”そんな言葉じゃないところも…大好きだ。 「だから俺の面倒みてよ、頼むから」 どうしよう、何て答えよう。 ”いいよ”も違う。 ”ついてってやる”でもない。 「退屈させたら実家に帰ってやる」 でいいかな…? 「おう、任せとけ」 「くそっ、なんか腹立つ」 「殴ってもいいぞ?」 「殴るかボケっ」 「じゃあどうしたら許してくれる?」 顔を上げて類にキスをした。 「これで許してやる」 恥ずかしすぎてまた肩口に顔を埋めた。 「…死ぬ…海斗が可愛すぎて死にそうだ」 類の耳たぶを横に思いっきり引っ張って睨みつけた。 「キモイキモイキモイーー!!」 「イタタタッ!」 「なにこれ、当たってるのなに??」 「あーーー、生理現象?」 「なっ…なんで?どこで勃つ要素あった??」 「って海斗も硬くなってんじゃん?」 今度は頭は叩こうとしたら急に体が浮き上がってそのままベットまで運ばれた。 仰向けに寝かされてその上にのしかかられる。 「我慢の限界です、海斗、俺に隙を見せたのが運の尽き」 そう言って唇を奪い取られた。 今度は軽くないキス。 類の舌が俺の舌に絡んで上顎も撫で付けられると自分の息ができなくなる。 胸の辺りを押してみたけどびくともしない。 待って…待って! そう言ってるつもりが声をだす隙がない。 口付けが終わった後、俺の大事なところは類と同様もう硬くなっている。 2人でそこを無意識に擦り合わせているが、ズボンの上からじゃもどかしくて、お互いボタンを外そうとするがうまくいかない。 「類…苦しいよ…」 「脱がせて欲しい?」 「…脱がせて…」 類は起き上がり俺のズボンのボタンに手をかけ引き抜いた。 ボクサーパンツが張り詰めて苦しいし、先走りで少し濡れている。 シャツを脱ぎ捨て、類の身体が露わになった。 がっしりとした肩幅に引き締まった胸板。 自分にはないプロの体躯に見惚れる。 手が自然にその身体に引き寄せられ、触れる寸前に類に手首を取られベットに押し付けてむさぶりつくようにキスされた。 シャツの上から乳首を擦り付けたり摘んだりされるとあそこがムズムズしてなんだか変な気分になってくる。 「る…類、それ…なんかヤダ」 「気持ちいいだろ?」 「ムズムズする…」 「じゃあこれは?」 そう言って今度はシャツの上からもう片方の乳首を舐め出した。 「あっ…あ…っ、ヤダぁ」 「直接舐めるより気持ちいいだろ?」 ちくちく感じると下の方が完全に立ち上がってきた。 「元気だなぁ、海斗」 我慢できなくなって手をそこに持っていく。 イキたい。 扱きたい。 脳はバズって何も考えられなくなっている。 「ダメだ、触るのは禁止、そこでも、気持ちよくなれるけど、今日はこっちで気持ちよくなろうな」 遮られた手を持たれ後ろの秘部に当てられる。 以前ならそんな場所で快楽が得られるなんて思わなかった。 なのに、触ったことのない所がジクジクし出してたまらなくなる。 「そんな所ダメだよ…汚い…」 「大丈夫、今日は少し触るだけだから」 ルイが自分の指を俺の目の前に持って来た。 「口開けて」 小さく口を開けるとそこに指が入って来て口内を弄られる。 「あ…っ」 舌を指で挟まれたり、上顎を擦られたり。 唾液が指に絡みつく。 「海斗うつ伏せになって」 ベットのシーツに体を擦り付け、腰を類に持ち上げられた。 濡れた指が少しずつ中に入ってくる。 違和感、期待、不安、色んな気持ちが頭を駆け巡り、的確に気持ちいい場所を指に当ててくる。 「アアッ!!」 最初は突然の異物に拒否反応を示していた身体も徐々に快楽の波へと引き込まれ、今まさに頂点に駆け上がっていく。 「やぁ…な…なに?これ?ああっ」 「ここ?気持ちいい?」 類が身体を寄せて耳元で呟く。 出し入れする指が1本から2本、3本に増えていく。 「ヤダ…もうイキたい…」 「うん、今日はまだ慣らすだけにしとこう」 そう言って指を引き抜き、自分のものと俺のを持って両手で擦り上げていく。 「あっ…ああっ…やっ…」 快楽は頂点に達し、涙目の俺と目が合うと白濁したものが一気に飛び出した。 お互い同時にイキきると類の鍛えた体が俺にのしかかって来た。 「海斗…好きだ…」 その言葉を聞いて俺は 「うん…」 と短く答えた。
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