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事故と策略と夢
母が亡くなったのは俺が小学生の頃だった。
余命宣告から半年。
子供だった俺には何も出来ず、仕事ばかりだった父は当然、家事育児ができるはずもなく、家の中は荒れ放題。
ハウスキーパーを頼んでも、思うような人材にもなかなか恵まれず、父と2人、手をこまねいているような状態が続いていた。
学校に来ても母がいない寂しさや、家の中がぐちゃぐちゃな事にきっと周りから見ても憔悴しきっていたんだろう。
ある日の放課後、幼馴染の楠木海斗が俺に話しかけてきた。
『そんなにイライラしてんなら野球やらね?バット振り回して俺と甲子園目指そうぜ』
なんてさも簡単そうに言ってのける海斗を見て
何だこいつ、バカか、そんな簡単になれるわけねーだろ。
と、その時は呆れて海斗を睨みつけたっけ。
だけど家にいるのも嫌で、ついて行った野球チームの体験練習で、バットを持った瞬間しっくりきた。
あれ?これ俺いけんじゃね?
とバットを振ってみてわかった。
『お前すげーな、プロになったりして』
海斗がポロッと言った言葉が胸にスッと入って、何故だか
その未来が頭をよぎった。
それからは海斗と2人必死で練習に行き、中学ではリトルから声が掛かって大喜びした。
海斗は身体的に決して野球向きではなかったが足がとにかく早く、反射神経が抜群だった事もあって、2人でなんとか甲子園常連校の高校から推薦もきた。
俺が海斗を意識し出したのは高校に入り、寮生になって暫くしてからだった。
寮生は先輩、後輩で一部屋になる様に決まっていたので、入学前には『別々だなぁ』『一緒だったら楽しかったのにな』なんて海斗が言っていた。
その時までは寮なんだから別に構わないなんて思っていたくらいだ。
俺の部屋は3階、海斗の部屋は2階と階数も別になり、用事がある時はお互いの部屋を行き来しながら今までと同じような距離感を維持できていた。
ある日、練習が終わった後自主練をするからと俺は体育館、海斗は寮に戻って行った。
終わったら一緒に食事しよう、と海斗に言われていたので、部屋まで迎えに行くと、何やら中が騒がしく、その内海斗の悲鳴の様な声が聞こえてきたので慌ててドアノブを乱暴に引くと、海斗が同部屋の先輩に両手首を床に押し付けて組み敷かれていた。
その瞬間自分の中で何かが弾けてそこからはあまり覚えていないが、海斗によると俺が先輩を吹き飛ばし、殴り掛かろうとしたので駆けつけた寮生の先輩や同期が慌てて止めに入ったと聞いた。
あの時、海斗を助ける、というより“俺の海斗に何をする“の方が勝っていたように思う。
野球を始めてからは特に2人でいることが当たり前で、そこに誰かが入る余地がなかった。
中学の時でも何人かの女子から告白をされたが、海斗がいるのに、なんて漠然と思っていた。
それがその日の出来事で自分の気持ちがはっきりした。
組み敷かれている海斗の顔に、姿に欲情していた自分。
俺のものだ…
そう自覚したんだ。
海斗に乱暴をした先輩は学校を退学になり、海斗はそれから俺となら同室でも構わないという事で、あの事故のある日までずっと同室だった。
俺は一年で甲子園出場を果たし、海斗は2年で。
一つ夢を果たせたと2人で喜び、今度はプロに行ければ良いな、なんて言っていると俺にプロから声が掛かった。
海斗は自分のことのように喜んでくれていたが、あの日から、海斗はより一層練習に励むようになった。
そしてあの日、海斗に大学からオファーがあった、今から学校で話を聞いてくる、とメールでもわかるほど喜んでいて、俺もあいつの夢がそこで途切れず、また野球を通じて彼と繋がっていられる事に喜びを噛み締めていた…のに
「類くん、海斗が…」
おばさんから連絡をもらい病院に行くと、いくつものチューブに繋がれた海斗がガラス戸の向こうに横たわっていた。
命に別状はないのよ、そうおばさんは言ったが、彼にとって命より大切な野球をするために、1番大切にしていた“足“がもう野球では使えないと知った。
生活するには何も問題がない。
彼が起きた時にその事実を知るのが辛い。
両手を握りしめてのその姿をみつめる。
あいつの夢を叶えてやる事はできない。
なら関わらせる事くらい俺にできないか?
その場で色んな策略を思い浮かべながら決心する。
なら俺があいつの夢を実現する、なってやろうじゃないか…と。
海斗が俺に会いたくないと言っている。
おばさんにも“ごめんね“の言葉を掛けられたが、それは想定内のことだ。
高校はなんとか卒業できたが、リハビリに時間がかかるらしく、事故のせいで大学の話もなくなった海斗は実家が経営している食堂を手伝う事になるそうだ。
ならリハビリも時間をかけられるから、とそれも後輩から聞いて、怒りが湧く。
もうそんな事も含めて未来のために動くことを決めた。
それからはプロでの実績を作るために奔走した。
先輩からの誘いも断り実直に成績を上げていく。
マスコミやSNS等で取り上げられるたび、海斗が見ていてくれることを願いながら、あいつの外堀を着実に埋めて行った。
そしてメジャー行きが決まったあの日、海斗が監督をしている少年野球の練習場に顔を出した。
何食わぬ顔で。
コーチをしている佐々木は俺の駒の一つで、俺がくる時間も、佐々木が俺を見つけるのも全て事前に計画を立てて会いに行った。
案の定、俺を見た瞬間海斗は拒否するような態度を取った。
見ていて本当に不愉快になる。
お前の横には必ず俺がいただろう、事故は俺のせいじゃないのに…とイラつきながら平静を保つ。
なぁ、俺のところに早くこい海斗。
お前の居場所はそこじゃない。
もう全て準備は整った、だからこの胸に身を預けろ。
俺も海斗のことになると周りが見えなくなるんだよ、これから沢山それを教えてやる。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
すみません、終わりません、もう少しだけ続きます…
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