ラッピング

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ラッピング

大学帰りに通るケーキ屋に張り紙がされていたのは先月。 ちょうどバイトを探していたのだけど、さすがにケーキ屋っていうのはちょっと男じゃ無理なんじゃないかな。 そう思いながら、念のため条件を見てみた。時給もここらへんにしては100円くらい高いし、時間も学校終わりにちょうどいい。男女とか年齢の決まりもない。 「うーん・・・」 張り紙の前で悩んでいると中から人が出てきた。 上の方で束ねた髪をグルグルに丸めた、おでこがツルツルの背が高い女の人だった。 「バイト、探してるんですか?」 その人はここのオーナーだった。 年上の、すごく、かっこいい女の人・・・ 「ここ、オープンして1年なんだけど、結構忙しくて。一人だけなら雇えそうだから。でもなかなか希望者が来なくて、困ってるの」 「男ですけど、大学生の。それでも平気ですか?」 「ケーキ好き?」 「はい」 「じゃ、採用」 そんな感じで急に決まっちゃった。 だけどこれがなかなかきつかった。 小さい店のショーケースは店の間口いっぱいで、その内側で接客するのが俺の仕事だ。 オーナーは奥で作るのに集中する。 働き始めてすぐに贈答用のラッピングの練習をしている。なんとか紙で包むのは出来てきたけど、作業はなかなか難しく、俺は毎日悪戦苦闘していた。 その日も店が閉まったあとにリボンを練習していた。俺は負けず嫌いなのだ。だからなんとしても習得したいのに。 何度やっても全然できない。どうやってもできない。指がいたい。 この柔らかいやつ、ほんと腹立つ。 「す、すいません。俺、ここで働き始めてから気が付いたんですけど、不器用みたいです。なんかショックです。たかが紐結ぶだけなのに」 「や、なんとなくそうかな、とは思ったけど。まあ、無理しないで大丈夫だよ。他の事やってもらえればいいから。包むのは少し上手くなったし」 「なんとなく?」 「うん。手を見たらね、結構わかるよ。指の動きとか、ものの扱い方とか、ちょっとぎこちない感じ。でもだからダメってわけじゃないし」 「ちょ、なんかそれ今急に恥ずかしいんですけど。先に言ってくださいよぉ」 「いや、別に不器用だからって人間失格ってわけじゃないし、君、すごく頑張ってるし。それに包むやつは大体できてるから、いいんじゃない?」 「でも結構この長細いやつのリボンも希望が多くて。これが難しいんですよ」 ロールケーキや棒状のパックの焼き菓子、マカロンの贈答用の箱など。長細くて丸みのあるケースは結構出る。 「偉いね君は。頑張ってる。あのね、これはさ、真ん中に一個リボンをつくるだけでいいよ。ちょっといい?」 そう言ってオーナーは俺の腕にリボンをかけた。 「細長いやつはこうやって、だいいたい真ん中くらいに、リボンの端を出して、大きいものなら十字に掛けるけど、細かったら横だけでいいでしょ?」 「は、はい」 俺はびっくりして声がちょっと裏返ってしまった。だって、なんで俺の腕にリボン?なんでかわかんないけど、心臓がどきどきしている。 「ここのね、はじめの結び目が緩まないように抑えるか、二重に絡げるとほどけにくいからね。で、きゅっと一回締める」 あ。 俺、なんか変なんだけど。 と、オーナーの動きが止まった。 「お、ごめん、うっかり腕やっちゃったよ、あらら」 彼女はシュルシュルとリボンを解いてしまった。 腕からするりと離れていく赤いリボンが擦れると、俺の全身の毛穴が一斉に立ち上がって、ゾクゾクとした感覚に襲われた。 (まって) リボンの端が手から離れる瞬間、思わずその先端をギュッとつかんでしまった。 オーナーはなぜか笑っている。 「これ、なんですか。俺、狂った?」 「いや、狂ってない。たぶん、覚醒」 「覚醒?なんの?嫌だ、なんで?」 「なんとなく、そうかなとは思ってたんだけど」 「なんとなく?」 「うん。段ボールとか、縛ってあるやつを見るとき、違うから。普通の人と」 「違うってなにが?」 「鏡、見たらわかるよ。こっちおいで」 クスっと笑って俺を事務所の鏡の前に連れて行った。 「ほらね、酷い顔だよ」 なんてこった。 自分のこんな顔、初めて見た。 俺は、いったい、どうしちゃったんだろう。 立ち尽くす俺の腕に彼女は、もう一回リボンを巻いてくれた。 俺はまた、全身鳥肌。 ああ、もう、むり。 End
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