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百敲に処す
おい平蔵、今日は百だとよ。珍しいな。
よし、いっちょ行ってみようぜ、辰よ。
ああ。
おうおう、もう人が集まってきてら。
バチ!バチ!と、笞の音がする。
それは続き、罪人の体に赤い筋が無数に刻まれる。
笞は一尺六寸ほどある。
細く割った竹を麻紐で束ね棒のようにしたもので、刑罰及び拷問の際に使用する。
ムシロの上に腹這いにさせ、手足にかけた縄の先を引く。
そうして動けなくした体に笞が重々しくぶつかる。
鈍い肉の音と束ねた竹の音が響く。
辰はこれを何度か見たことがある。
野次馬が多く少し離れたところで人の間からしか見えないが、いくら男の罪人だからと言っても気の毒になるほどだった。
肉には赤く太い筋がいくつもできて、まるで燃えているかのようだ。メラメラとした炎の熱さまで見える。
「辰よぉ、俺は、帰えるぜ」
言い出しっぺの平蔵が眉間に皺を寄せ、うんざりした顔をしていた。
「なんでぇ、お前が見たがったじゃねぇか」
「俺ぁ、吐き気がすらぁ。人が打たれるとこなんざ見るもんじゃねぇな。すまねえ」
辰は何度かそれを見ているが、平蔵のようになったことはない。それより、あの肉に刻まれた燃える筋を見ていると何故か体の奥底が煮え滾る。
「平蔵、なんでぇ情けねえ。先帰れ、俺ぁまだ平気だぜ、へへ」
ふざけてみたが、本当のところは違う。最後まで、きっちり見届けたいのだ。
罪人が起こされ顔を上げ、その顔を拝むまでここにいたいのだ。
「うるっせぇ」
たらたらと草履を滑らせ平蔵は帰っていった。
五十打ったところで一度休みが入る。
「良くもあれだけ打たれて死なないものだ。打つ方も大したものだな」
野次馬の一人が話していた。
休んだあと残りの五十を数えながら、辰はまた見入っていた。
数えるたびボコボコと自分が熱く湧いていく音がする。
九十七 バチッ!
ゴボッ
九十八 バチッ!
ゴボッ
九十九 バチッ!
ゴボッゴボッ
百 バチッ!!
ゴボッ、ゴボゴボッ
ゆっくりと起こされ、呻きながら立つと罪人は支えられヨロヨロと歩き出す。
辰は湯の沸くような熱い泡を体の底で感じている。
(顔が見たい)
今まで見た者は皆、苦痛に歪み青ざめ、起き上がることもままならぬほど憔悴していたが、此奴はいかがと野次馬をかき分け覗き込む。
「何だぃ、ありゃ・・・気色の悪ぃやつだ」
隣りにいた奴がつぶやくのが聞こえた。
罪人はがっくりと肩を落とし顔を歪めていたが、口の端は何故か少しだけ上に引かれている。
不気味だ。
(笑っているんじゃあるまいか・・・)
じいっと目で追っていると、ふ、と罪人と目があった。それは今まで見た者とはまるで違う、澄んでいて、深い色。うっとりとしたその目は辰の心を捕らえていた。
バチッ
心臓があの笞で打たれたように痺れた。
喉が鳴り足が震えた。
口の中に次々水が湧き溢れそうで、辰は慌てて目を逸らし人混みから抜け出すと、振りほどくように早足でその場をあとにした。
戻ると平蔵がいた。
「よお、どうだった。最後まで見たのか」
「いや、あれぁ痛そうでいけねぇや。悪いことはするもんじゃねぇな。はっはっは」
いつものように話し、酒を飲み、また帰る。
一連の光景は頭の中に深くめり込む。
それを思い出すたび辰は、ゴボゴボと沸き立つ。
体に刻まれた赤く燃える太い筋を。
うっとりとした深い色の目を。
そしてそこに自分を映して、熱くなった自身を慰めていた。
・・・
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