棚と隙間 ―似鳥と池谷の場合―

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棚と隙間 ―似鳥と池谷の場合―

「ねえ、池ちゃんなにしてんの?」 同期の池谷が倉庫の棚の隙間に挟まっていた。 通路側に背中を向けて棚の奥を向き、狭い幅の隙間に少し肩をすぼめて嵌っている。 「あ、似鳥さん、これは、なんというか落ち着くんで、つい」 入社三年目の池谷と似鳥は、同期で五名入ったうち、残った貴重な二人である。 池谷は見た目も中身もわかりやすい「男前」。入社当時すぐに「池ちゃん」という愛称がつくほど、人の真ん中にいるような人だ。そして仕事もできる。 体も程よく鍛えてあり、スーツ姿も悪くない。密かに思いを寄せる女性社員もいるようだ。 ちょっとクールで、ツンとした顔が人気の理由でもあった。 似鳥は「普通」を絵に書いたような女。仕事も普通見た目も普通。そつなくこなし、セクハラもパワハラもイジメもなにも無い、日々淡々と進んでいる。そもそも誰かの視界に入っていないのではないかと思うほど、何も起こらない。トラブルもない代わりに、浮いた話もまるでない。彼女に思いを寄せる男はおそらくいない。彼女自身、自分が誰かの役に立っているという実感はないのだ。 同期というだけで、仲はいいもののそれ以上でもそれ以下でもなかった。 違う世界に住む二人。 その日、二人は交差した。 似鳥は池谷の背中に向かって話しかけた。 「落ち着くって、池ちゃんなんか悩み?」 「いや、まあ、しんどいとき、挟まってる」 「それ、落ち着くの?」 「う、うん。あのさ、これ皆には・・・」 「あ、うん、言わないけど、誰にも」 「ありがとう」 「それに、話すような友達もいないし、私」 「・・・」 似鳥は池谷が棚の間に挟まる姿を、何故かもっと見たくなってしまう。 似鳥は池谷のすぐ後ろに立った。 と、腕を伸ばし池谷を押してみる。 「に・・・にた・・・とり・・さん?」 ず、ず、ず、ず、と棚の奥の壁の突き当りまで押す。 突き当たった池谷は戸惑って、振り返ろうとした。 「池ちゃん、そのまま」 似鳥はさらに池谷を押した。 両肩に手を当て、体重をかけて壁に押し付ける。 それほど身長差が無いため力が逃げず、似鳥はしっかりと池谷を押し付ける。 壁に押し付けられた池谷は一瞬うめき、すぐに抵抗をやめた。 そして、奥の壁に押し付けられたまま、目を閉じて似鳥の命令どおりにした。 その顔はどこか、安堵したようにも見える。 「池ちゃん、また挟まるとき教えてもらえたりする?」 「はい」 池谷の口元はわずかに緩んでいる。 それから何度か倉庫の棚の間で二人は会った。 ある日、池谷は似鳥を飲みに誘った。 「ちょっと、話したいことあるんだけど」 似鳥は少し、怯む。 もしかして「付き合って」などと告白されやしないだろうか。あり得ることだ。池谷はそこそこモテるくせに恋人らしき影がない。挟まり癖があるからだと思っていたけど、もしかしてそれを受け入れた自分のことが好きになったのでは?と思った。 「あのさ、ずっと言おうと思ってて、勇気がなくて言えなかったんだけど」 池谷は酒を飲みながら似鳥の方を向いて、恥ずかしそうに口を開く。 「はい」 ゴクリ、と似鳥はつばを飲んだ。告白されるなんて、人生で一度もない。ましてやこんな男前に。 「いつもの、あの倉庫のやつ。ほ、本当は、えと、ふ、踏んで欲しいんだけど」 へっ? 池谷は似鳥の予想の斜め上を行った。 似鳥の素っ頓狂な返事に池谷はサッと表情を変え、みるみるうちに絶望の海に沈んでしまった。 似鳥になら話しても大丈夫だと思っていたのに、自分の欲望をさらけ出してしまった後悔で震えている。言わなければよかったと顔に書いてあるようだった。 一方似鳥は池谷の言葉に驚きつつも、バラバラと崩れる彼の表情や態度になんとも言えない快感を覚えていた。 いわゆる恋人同士の好きとか嫌いとか、そういうことではなく、ただ、池谷のその行動や表情や、感情の揺れを、もっと知りたいと思った。 「い、いいよ、ぜんぜん」 ぅへっ? 今度は池谷が声を上げた。 「私、君のためなら、いや、君のその絶望的な表情の中にある悪魔みたいに喜んでる顔、もっと見たい。そのためなら何でもできる気がする」 池谷は顔を手で覆い、しくしくと泣き始めた。 似鳥はその肩を抱き、やさしく頭を撫でる。 クールな男だと思っていた池谷は、全然そんなこと無くて、倉庫でこっそり挟まって、隠れてなんとかバランスを保っていた。 ツンとクールに見えたのは、毎日奥歯を噛んで踏ん張っていたからだ。助けてほしかった。そうやって無理して頑張る池谷を愛おしく思う似鳥だった。 池谷と似鳥はお互いを受け入れ、提携した。 毎日ギリギリとかみしめていた池谷の、奥歯の負担は少しずつ軽くなっていき、人の役に立てたことで似鳥の欲求も満たされた。 End
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