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新しいやり方
僕の趣味は、きれいな紙やリボンやタグや写真なんかをバランスよく、ときにはアンバランスに、美しく飾る事だ。
スクラップブッキングとか、コラージュとか、色々と呼び方はあるみたいだ。
いずれにせよ、僕の好きなものだけを詰め込んだ、美しい世界。
小学生のころ同じクラスの男子に「男のくせに気持ち悪い」とバカにされたことがあった。
球を蹴ったり棒で打って追いかけたり、殴り合うだけで満足するような奴等にはわからないのだろう。仕方がないことだ。
長年やってきた趣味だけど、最近は少し物足りない気がしている。だから平面だけでは満足できず立体を意識してみた。
でも、たぶん、なんか、違う。
「一つやってみたい事があるんです」
「何でしょう」
ユカに聞いてみた。
ユカは恋人ではない。
パートナーとして関係を持っている女だ。
親密にならないようにお互い敬語で会話をしている。体だけ、お互いの美しさだけ、それだけを提供し合う関係。
「僕の趣味は話しましたよね」
「はい、すごく美しいものを見せてもらいました」
「あれを、やりたい。人で」
「素敵です」
「ちょっと、手伝ってくれませんか」
「珍しい。あなたが頼み事なんて」
「無理にとは言いません」
「私が断ると思いますか?」
「ふふふ、確かに」
ユカをキングサイズのベッドにもう一度寝かせて、その周りに大量の花びらを撒く。
「うん、・・・違うな。形かな・・・」
「ねえ、リボンを、そのベルベットのレースの」
「これ?」
「それでここを縛って」
「こう?」
「そうしたら、目を、そのシルクで」
「すごく、似合いますね。普段もやるんですか?」
「あなたはしたことないんですか?」
「そうですね、情報として入る限りでは、痛そうでかわいそう。道具も硬そうじゃないですか」
「ふふ、痛いだけじゃないんですよ。それにあなたは冷静で優しくて、だけどとても厳しくてこだわりが強いから、適任だと思いますけど」
彼女は下着姿のまま腕と足首をベルベットレースで縛られ、幅広いシルクのリボンで目隠しをされ、花びらのベッドに横たわった。
とても大きな昆虫採取をしているようだ。
これだけでも綺麗だけど・・・
僕は持ってきていた素材を全部出した。
やっぱりレースのリボンが良い。人間をコラージュするから、普段より質の良い大きなものをたくさん仕入れてしまった。
独り言を言いながら、素材を手にあれこれ思案する。フレームのように周りに施したり、体を横切るようにかけてみたり。
「画像には残さないんですか?」
「その場でなくなる方が儚くて美しい気がしています」
僕は他にも羽なんかも周りに置いていった。
だけど。
「気に入らないようですね」
「そういうわけではないけど・・・」
イメージした自分の作品を手にとって、目隠しを取った彼女に見てもらった。
少し立体的なそのカードは、赤い花びらがみっちりと張り付き、クラシカルなレースで縁取られている。真ん中にはピンクの薔薇の蕾が一本。
「私がこれになったんですか?」
ユカはその蕾の一輪を指さした。
「そう、このイメージに近かった」
ふふふ、と笑う彼女は楽しそうだ。
「これは?」
蕾の茎に施されているシーリングを指した。
「これは、シーリングスタンプ。本来は蝋で手紙の封をするものです」
つい、口が緩んでしまう。
それを指先で撫でながらユカを見た。
「これは僕の特注でね、僕専用のものです。名前が入っています。謂わば僕の印です」
ユカは僕の指の動きを目で追っている。
持ってきた道具の中から、スタンプのケースを取り出してユカの手の上に置いた。
「あなたの印・・・素敵・・・」
ユカは少し考えると僕の方を見た。
「それ、蝋は何でもいいんですか?」
「これは専用のものを使っているけど、封をするくらいならなんでも大丈夫じゃないでしょうか」
するとユカはパッと顔が明るくなって、縛ったリボンを取ってくれと言った。
周りの花びらを崩さないように、そうっとベッドから降りる。こういうところが、僕を良く理解しているユカの良いところだ。
ユカはウキウキしながら何かを持ってきた。
「これで、私に印を。お願い致します」
赤い柔らかそうなろうそくを僕に渡すと、手をついて床に頭をつけた。
「これが欲しいの?僕に印をつけてもらいたいの?」
こっくりと頷いて、またおでこを床につけた。
僕は、なんだか、不思議な気分だけど、ユカの希望を叶えてあげたくて、自然と体が動いていた。
今までじゃ考えられないけど、その時の僕は少し乱暴だった。たぶんさっきのユカの、土下座みたいなあの姿勢のせいだ。お腹の下の方がグツグツと煮えるようで、ユカの手や肩をいつもより強く扱ってしまう。
それなのに、彼女の口からは息が漏れ、その音はすごくすごく甘いから、また僕は乱暴になる。
ベッドにうつ伏せにしたユカの手を、後ろにしてまたベルベットのリボンで結んだ。
さっきより美しくて、可愛らしくて、そしてとてもいやらしい。
いつの間にか僕は、敬語で話すことも忘れている。
「どうしたの?さっきよりも肌がツヤツヤしているよ。こんなことで喜ぶなんて、おかしな人だね」
僕の言葉にユカは溜息で返事をした。
「じゃあ、始めようか」
ショーツを半分下げると、いつものように形の良い丸みが顔を出す。いつ見ても美しい形だ。だけどやっぱり僕は変だ。こんな、野蛮に毟るように引っ張るなんて。
だけどユカは、むしろ嬉しそうに背中を震わせている。知らなかった彼女のもう一つの顔を見た気がした。
ろうそくに火を点けると、すぐに溶け始めて赤い透明の液体になった。シーリンクワックスよりも融点が低いのだろう。これならやけどの心配はないか。
火の根本にたっぷりと蝋をためて、高い位置から少しずつ薄く垂らす。
ユカは深く息をして、なんだかすごく楽しそう。
また僕は少しだけ意地悪な気持ちが出てきてしまう。
これは、イケナイコトか?
太腿を抑えて尻の位置を固定する。
ろうそくを少し近づけて、溜まった蝋を一気に垂らした。
僕の下でユカは反射運動。
僕は、胸が躍った。
下地が出来たユカの尻に、ゆっくりとたっぷりと分厚く蝋を乗せる。そしてシーリングスタンプを、僕の印を、そこにしっかりと押し付ける。
僕は初めて人間に印をつけた。
ユカがまた大きくうねる。
そして何度か緊張して声を上げ、深く沈んでいった。
呼吸は荒く、生きていることは確認できるが、精神はここにはなさそうだった。
ベッドから降りてろうそくとスタンプを置く。
改めてユカを見た。
ユカの体はさらに光り、薄桃色に染まっている。
僕はどうやら新しいやり方を知ってしまったみたいだ。夢中になって耽っていた子どもの頃の様に、昂って、震えている。
ベッドの上で艶々と沈んでいる女を、どうしたらもっと美しくできるのか、考え出したら止まらなくなった。
End
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