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借り物競争
位置について、ヨーイ!
スターターピストルの音が響く。
(くっそ、なんで僕がこんなこと)
体育祭キライ体育祭キライ体育祭キライ体育祭キライ体育祭キライ体育祭キライ
(体育祭なんて大っきらいだ!)
スタートの合図で、一人だけ鬼の形相で走りはじめた男子がいた。
二年一組 赤城ケイジ 16歳
ケイジは足が遅い。
体も小さく運動が大の苦手だ。いつも教室で大人しく本を読んでいるため肌も白く滑らかで、かわいらしい見た目をしている。
毎年の体育祭ほど嫌いなものはない。
いつも代表の競技には参加せず、なんとなくやり過ごしていたのに、クラスメイトが病欠になり出場予定だった種目に穴が空いてしまった。その穴に、他に予定のないケイジは借り出された。
案の定最後尾を走るケイジに同じクラスの男子から野次が飛ぶ。
とは言え、ケイジはいじめられっ子というわけではない。
気が強く口が達者なため、からかわれても言い返して返り討ちにしてしまう。
だからこそクラスメイトの男子はこんなとき、普段の鬱憤を晴らすようにここぞとばかりにケイジを囃し立てる。
借り物競争の指示は、途中に置かれた封筒の中に入っている。その中に指示書とそれに使用する小道具が同封されているのだ。
それぞれ、タスキや被り物が入っていて、指示通りの人物を探し指示通りの格好をさせるのがこの学校の名物でもある。
目隠しで手を引かれる先生、ボンネットを被せられた男子、カッパを着せられた女子、タスキで二人三脚、などなど。封筒の大きさや膨らみ方で、中身を想像するのも競技の楽しみ方の一つでもある。
最後になったケイジの封筒は一際大きかった。
開けると中にはとても長いタスキとおもちゃの十手が入っていた。
指示書には誰が描いたかわからない、なんとも下手なイラストと、その指示が書かれていた。
『貴方は江戸の岡っ引きだ 生徒一人を拘束して連行せよ!』
イラストはどうやら縛り方の見本らしい。
「なんだこれ、くだらねえ。クソ」
指示書とタスキを持って立ち尽くしていると、クラスメイトの滝川が応援席からケイジを呼んだ。
「おーい、赤城ー、大丈夫かー?」
自分のことを指さして、俺、俺、というようにケイジにアピールしている。
滝川は一年のときからクラスが同じで、よくケイジに絡んでくる人懐こいやつだ。友達付き合いの多くないケイジにとって、数少ない知人の一人。普通はそういうものを友達と呼ぶが、ケイジはまだそこまで心を開いていないようだ。
しかし、今そんなことを言っている場合ではなかった。舌打ちをして、仕方なく滝川のところへ向かう。
「これ」
指示書を見せる。
ウンウン、と頷くと滝川は腕を出した。
「腕とりあえず結んで、そう。絵だとそんな感じじゃね?あとはどうすんだ?」
「じゃ、もうさ、うしろにグルってやるか」
「まだ少し余ってるけど」
「いいよ滝川くん、これは僕が持つから」
「よっしゃ、じゃあ走れ赤城!」
腕を前でまとめて縛ったタスキは、そのまま左右に開かれ体に巻き付き、背中を通りクロスしてまた前に戻る。みぞおちのあたりに戻ったタスキはもう一度結ばれ、余った1メートルほどの先端はケイジの腕の中に収まった。
滝川は陸上部の新部長で短距離の選手である。勉強もそこそこできるため、彼の人気はとても高い。もちろん女子にもモテる。
滝川がコースに出た途端歓声が上がる。
さっさとゴールしたいケイジは滝川に少し期待した。腕を固定されたからってケイジより遅くなることはないからだ。
しかし。
「滝川くん、遅いよ。もっと速く走れるでしょ」
「えー、むりー」
滝川はわざとモタモタと走っている。ケイジをからかっているのだ。
「なんだよ。僕ビリなんだからさ、早く終わりたいんだよ、早く!」
ケイジは無理やりタスキを引いた。
滝川は予想以上のケイジの力にバランスを崩してしまう。手が不自由なため、咄嗟にゴロンと受け身を取った。
「あっぶねーな、引っ張んなよ」
視界の端に転がった滝川の姿に目を奪われる。
(なんだ、これ)
背が高く逞しい肉体を持つ滝川が、ジャージ姿で赤いタスキを体と腕に巻きつけて転がっている。
その先端は自分の腕の中だ。
タスキを引いて滝川を見下ろす。
「ねえ、早く立ってよ。何してんだよ」
「手ぇ使えないからすぐには立てないの、ちょっと待てって」
(なんか 面白いな、滝川くん)
いつもは何でもできるスーパーマンのような滝川が、モゾモゾと不自由に動く姿がなんとも言えず愉快だ。
ケイジは滝川の腕を取って立ち上がるのを助けた。
「サンキュ」
「滝川くん、その格好似合うね」
ケイジがクスッと笑うと、滝川は目をそらした。
「ほら、走るぞ、赤城」
二人はやっとゴールした。
順位はもちろんビリ。
陸上部部長が不自由な姿で、しかもビリでゴールするのがよほど滑稽だったのか、会場は大いに盛り上がった。
加えて、滝川よりずいぶんと小柄で見るからに弱そうなケイジが、手綱を引いて滝川を従えている姿が面白いらしく、撮影しに来るものまでいた。
「おい、いい加減これ取ってくんねーかな」
応援席に戻って残りの競技を見ている。
「だめ、まだ取らない。ほら、また下級生の女子が来たよ、あっち向いてあげな」
十手の先で滝川の頬をぐいっと押してカメラに向けた。
体育祭は佳境を迎えているが、ケイジの隣にはまだ不自由な姿の滝川がいる。ふざけて十手の先で滝川をつついて遊んでいる。
「僕を競技に出した罰だよ。しばらくはお仕置きだな」
「なあ、赤城、おまえ体育祭嫌いなの?」
「うん、大っきらい。走って順位決めるだけで、何が面白いのか分からないよ。でも・・・」
「でも?」
「今年は割と好きかも、特に君が面白い」
その言葉を聞いた滝川は、目をそらし俯いた。
その姿にケイジは、足の裏からゾワゾワと虫が這うような感覚に襲われ、それは頭の天辺まで伝わった。
ケイジは笑いをこらえたが、それは抑えきれず、表に出てきてしまっていた。
「なあ、そろそろ選抜リレーなんだけど」
「おお、さすが陸上部。優勝できるの?」
「当たり前だ。俺を誰だと思ってる」
「ふーん、じゃあ負けたらまたお仕置きだね。優勝以外は負けだからね」
滝川を縛っていたタスキをゆっくりと解きながら、ケイジは今まで感じたことのない高揚した気分を味わっていた。
それが何なのか、その頃の彼にはまだ説明はできなかった。
End
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