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 だが、貴賓室にはキャロラインとアンドレアス以外にまだ女生徒がもうひとりだけ残っていた。試合が始まる際に、必ず応援に行くようにと言い続けていた小型犬のような彼女だ。怖い顔をする彼女に、キャロラインは親し気に微笑みかけた。 「キャロラインさま、結局応援にはいらっしゃいませんでしたね」 「でも、その分あなたはしっかり見てくれたのでしょう?」 「もちろん。一挙手一投足、一切漏らしがないように見ておりますよ」 「なら問題ありませんわ」 「どの口がそんな無責任なことをおっしゃるのです。問題しかないんですよ」  アンドレアスは、先ほどの女生徒たちとは違い、どうにも気心の知れた間柄らしいふたりのやり取りを困ったように見守っている。 「楽しそうなところ悪いけれど、そろそろ僕も交ぜてくれないかな。試合前にいきなり、『キャロラインさまはあなたの勝利を願っています。彼女が応援に来るのを必死で我慢しているのだから、絶対に勝ってくださいよ!』と怒鳴られたときには驚いてあごが外れそうだったよ。一体どうやって、選手控室にまで入り込んできたのやら」 「あなた、そんなところまで行ってきたの?」 「特ダネのためには男装くらいやってみせますよ」 「すごい新聞記者魂だな」 「か弱い美少女を間男と間違えた挙げ句、いきなり抜身の剣で切りかかってきたあなたはもっと反省してください!」  この女生徒は、何を隠そう王立学園の新聞部の部長である。美しい外見と人懐っこい性格を活かし、特ダネを拾ってくる天才なのだ。とはいえ、彼女がキャロラインとアンドレアスの内情を知ったのは、本当にまったくの偶然だったのだが。 「後から嫉妬で八つ当たりされたら嫌なので先に言っておきますけれど、わたしから声をキャロラインさまにかけたわけではありませんからね。キャロラインさまが、毎回わたしに声をかけてこられたのです」  新聞部の活動は、学園内の出来事を主に取材する。もちろんアンドレアスが出るような練習試合や模擬試合は格好のネタだ。何せアンドレアスは人気が高い。彼のことを特集すれば、新聞の売り上げは上がる。逃す手はない。 「新聞部の新聞というのは、無料ではないのか」 「特待生の平民が主な部員ですからね。お金は大事です」 「なるほど」  特に時事ネタは、早ければ早い方がいい。だから試合の結果は、号外という形で即販売することにしているし、試合内容は部長である彼女自身が文字で書き起こせるようにひたすらメモをとっている。その彼女に、試合の全容の解説をお願いしてきたのがキャロラインだったのである。 「根掘り葉掘り聞くんですもん。そんなに見たいなら、見に行けばいいのに」 「でも、それは……」 「それか、早く試合内容を記録できるような魔道具を開発してください。うちも助かるので」 「魔道具が出来上がったら絶対にお知らせするから」  少女の勢いに飲まれたせいか、いささか喉が渇いてしまった。キャロラインがカップの残りのお茶を飲み干す。それに気がついたアンドレアスが、キャロラインに無理矢理口づけた。 「と、特ダネ!!!」 「見るな。見たら、目をえぐる」 「ひとの前でいきなり口づけしてからその台詞ですか。狂犬かよ。キャロラインさま、大丈夫です。わたしの角度からは何も見えません。ええ、何もです!」  いきなりアンドレアスに唇を奪われて、キャロラインが涙目になる。その上、さらに口の中を舌で遠慮なくまさぐられた。 「なるほど、これが噂に聞く『勝利の乙女』のための薬草茶かな」 「アンドレアスさま! 一体何を!」  混乱と羞恥で涙目のキャロラインが、小さく抗議する。 「だから、『やっぱり行けばよかったと後悔なさっても遅いのですよ』ってあの時言ったじゃないですか。ずっと応援に行ってあげなかったから、苛々だかムラムラが溜まったあげく爆発したんですよ」  痴話喧嘩に挟まれることになった少女は、すべてを諦めて死んだ目でツッコミを入れた。
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