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「この薬草茶を飲んでいたということは、僕の勝利を確信していたということで間違いない?」  味は苦甘いという何とも言えない代物だが、喉には最高に良いとされる薬草茶は、舞台俳優や歌手、聖歌隊など喉を生業とする人々の間で広く受け継がれてきた。その中でも特に味のえげつなさが有名なのが、『勝利の乙女』のための薬草茶である。御前試合における役どころもあり、儀式的な要素が強いせいかもしれない。 「当然です。婚約者の勝利を信じない女がどこにいるでしょう?」 「それじゃあ、どうして応援に来てくれないんだい」 「特に理由はありません」 「そうか。ねえ、キャロライン。明日行われるのは準々決勝、準決勝、そして決勝戦だ。優勝者は事前に指名していた『聖なる乙女』から、祝いの歌を授けられる。僕は、それをちゃんとあの場でキャロラインからもらいたい。そして『聖なる乙女』候補は、必ず指定の応援席にいなければならない。だからお願いだ。明日だけは、試合の応援に来てほしい」  婚約者がいない場合には、『聖なる乙女』は空席でも構わない。けれど、そんなことをすれば周囲はキャロラインをアンドレアスの婚約者とはみなさなくなるだろう。それは、アンドレアスには耐えられない。真剣なまなざしでアンドレアスに乞われて、キャロラインは力なく首を横に振った。 「……できません」 「どうして?」 「それは……」  キャロラインは、明日の決勝戦でアンドレアスが優勝するに違いないと確信していた。学園内に、アンドレアスよりも腕の立つ生徒はいない。何か予想外の事態が発生しない限り、アンドレアスの優勝は確定だ。  優勝者に捧げる勝利の歌だって、ちゃんと毎日練習している。何と言っても勝者に歌を捧げる聖なる乙女の役どころは、この国に生まれた女性であれば一度は憧れる栄誉なのだ。もちろんキャロラインだって叶うならば、アンドレアスの試合を応援し、勝利をおさめたアンドレアスに歌を捧げたかった。 (私だって、この誰よりも格好良くて素敵なひとは、私の婚約者なのだと自慢してやりたいわ。でもできない)  そして、その理由をキャロラインは口にできない。口に出してしまったら、目を逸らしていたことが完全なる真実になってしまいそうで。けれどキャロラインが口にすることを避けたことを、アンドレアスは何のためらいもなく口にした。 「君は、自分が応援に来ると僕が負けてしまうのではないかと恐れているんだね」 「アンドレアスさま!」 「すまない。君がそんな風に憶病になってしまったのは、全部僕のせいだ」 「いいえ、そんなことは」 「いいんだ。わかっている」  かつて、まだ足繁くキャロラインがアンドレアスの練習試合を見に行っていた頃、なぜかキャロラインが応援に行くとアンドレアスが負けるということが続いたのだ。勝利を祝う聖なる乙女になるどころか、自分が行くたびにアンドレアスが敗者になるということがキャロラインは耐えられなかった。 (いいえ、それだけではないわ)  アンドレアスに、「キャロラインが来ると、負けるから嫌だ」と思われることが何より怖かったのだ。大好きなアンドレアスに疎まれたくなかった。 「ああ、キャロライン。全部僕のせいだ。どんな時でも、完璧に剣を使いこなしていれば君にそんな思いをさせずに済んだのに」 「そんな、アンドレアスさまはいつだって努力なさっていて」 「好きなひとが見に来てくれたから、少しでもカッコいいところを見せたいなんて力んで、毎回いいところで敗退している人間のどこが努力しているというんだ」 「ですから、それは私のせいで集中力が」 「本当に問題なく剣を習熟しているのであれば、どんな状況であれ実力を発揮できるはずなんだ。それこそ、可愛すぎる婚約者の姿にどぎまぎしてしまっていてもね」  困ったように頬をかくアンドレアスの姿に、キャロラインは胸がいっぱいになる。 「アンドレアスさま」 「キャロライン、僕は明日の試合で絶対に勝つよ。大丈夫、僕を信じてくれ」 「……でも」 「僕は、確かに近衛騎士になりたい。でもそれは、君の隣に胸を張って並びたかっただけなんだ。子爵家の三男が、偶然年回りが近かったというだけで伯爵家の美少女の元に婿入りするなんて、周囲の人間には逆玉だの、うまくやりやがったの、散々な言われっぷりだったからね」 「そう、だったのですか」  自分がアンドレアスにふさわしくないのではないかと悩んでいたように、アンドレアスもキャロラインの隣に立つことに不安を持っていたと知る。 (私たち、意外とよく似ているのですね) 「だから、明日はちゃんと試合を見にきて。聖なる乙女をイメージしたドレスだって、ちゃんと準備しているんだよ」 「私、本当に応援に行っても大丈夫ですか?」 「大丈夫。君がずっと応援していてくれたのだから、僕はもう負けたりしない。だから願掛けのためにケーキ断ちもしなくていいからね」  大好きなケーキを断った理由まで当てられて、キャロラインは顔を真っ赤にするばかり。
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