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 貴族の子女が集う王立学園のカフェテリア。その貴賓室で、ひとりの令嬢が数人の女生徒たちに囲まれていた。穏やかとは言い難い雰囲気の中で食事を楽しんでいるのは、伯爵令嬢キャロライン。他の少女たちは、キャロラインを睨みつけている。 「キャロラインさま。婚約者であるアンドレアスさまの試合の応援に行かないというのは本当ですか?」 「ええ、本当よ」 「信じられません! 今回はただの練習試合ではないということはご存じですよね?」 「承知しております。二日に分けて実施される御前試合をすべて勝ち抜いて優勝すれば、近衛騎士に取り立てられる可能性もあるそうですね。しかも決勝戦にはなんと陛下がいらっしゃるのだとか。ぜひアンドレアスさまには頑張っていただきたいと、そう思っておりましてよ」  有力な貴族の子女が集う学園だからこそ行われる御前試合。参加する生徒たちの意気込みも相当なものだ。いくら実力があったとしても、貴族の社会ではどうしても爵位がものをいう。もともとの身分差をねじ伏せるほどの実力があったとしても、それを披露する機会に恵まれなければ出世の道は開けない。下位貴族であったり、家の跡取りではなかったりする生徒たちは、この御前試合に人生を賭けている。  大切な婚約者がそんな人生の岐路に立っているというのに、キャロラインは応援に行かないのだという。子爵家の三男坊とはいえ、容姿も性格も良いアンドレアスに好意を寄せている女生徒は意外と多い。彼が騎士として身を立てるなら、子爵家の後継ぎではなくても十分だと思っている女生徒だってたくさんいるのだ。彼女たちにしてみれば、キャロラインの発言はあまりにもアンドレアスに対して非情に思われた。 「信じられない」 「実家の家格が上だからと、あまりに横暴なのでは?」 「そういえば御前試合の日時が発表されてから、一緒にお食事やお茶を摂ることも避けていらっしゃるような」 「そこまでアンドレアスさまを邪険に扱うのなら、婚約を解消して差し上げればよろしいのに。そうすれば、アンドレアスさまも彼に相応しい心根の優しい女性と婚約を結び直すことができるのですから」  キャロラインは周囲の少女たちのさえずりなど聞こえないと言わんばかりに、優雅にお茶を口にする。穏やかに微笑んでいるようにも見えるが、ひんやりと凍えそうな温度のない瞳で令嬢たちを一瞥した。そんなキャロラインに、再びとある令嬢が噛みついてきた。きゃんきゃんとよく吼える彼女の姿は、気の強い小型犬によく似ている。 「本当に行かないのですね? やっぱり行けばよかったと後悔なさっても遅いのですよ」 「応援に行かないことで、私が後悔することなどありませんわ」 (その逆はあってもね)  キャロラインは黙って肩をすくめてみせる。 「本当に薄情な婚約者さまですこと」 「あと一回だけ申し上げますわ。何と言われようとも私は、婚約者の御前試合の応援には参りません。薄情な婚約者? あらまあ、ずいぶんな言い草ですわね」 「だって事実ですもの」  露骨な悪口も笑って流してみせる。 「さあ、試合がそろそろ始まるのではありませんこと。ほら、早く行かなければそれこそ大事な瞬間を見逃すことにもなりかねませんわ」 「本当に余裕ですね。キャロラインさま、会場にいなければ『勝利の乙女』の役を引き受けることはできないことをお忘れではありませんか?」 「まさか。もちろん覚えておりますとも」 「それならばよろしいのですが。では、これにて失礼させていただきます。キャロラインさまが、きちんとお考え直してくださいますように」 「お気遣い、痛み入るわ」 (しっかり考えているからこそ、私はここにいるのよ)  ぶつぶつと文句を言う令嬢たちがカフェテラスを出ていく。ようやっと静かになった部屋の中でゆっくりと座り直し、キャロラインはただ窓の向こうの一点を見つめた。
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