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(5)
村に戻っていたシンディを待っていたのは、村の子どもたちへの加護を求める声だった。快く引き受けるシンディの隣で、珍しくレイノルドが渋い顔をしている。
「祠に魔力を注いできたばかりでしょ。無理したら倒れちゃうわよ」
「別にいいよ。聖女と言っても、万能じゃないから何でもできるわけじゃないけど。小さな子どもたちが、大きな怪我や病気をしないように、大人にとって気休め程度の加護ならあたしにもできるし」
そして案の定、子どもたちへ加護を授けたシンディはうっかり気絶。目が覚めた瞬間から、こんこんと説教をされる羽目となった。
「アンタねえ、もうちょっと自分を大事にしなさい。魔力が空になるまで働いて、魔力切れを起こしたら気絶とか、身体に悪いでしょう。見ているアタシの心臓にだってよくないわよ」
「昔はレイノルドさまが『逃げるな、働け!』って言って、あたしを馬車馬のように働かせてたじゃん」
「ちょっと、言い方! あれはアンタが『巡礼の旅なんてやってられるか!』って言って、しょっちゅう逃げ出そうとしていたからでしょうが」
「それを考えると、あたしも成長したもんよねえ」
「生き方のふり幅が極端なのよ。もうちょっと穏やかに生きてちょうだい。アタシの命がいくつあっても足りないわ」
「じゃあ今度からぶっ倒れないように気を付けるから、それなら聖女としてずっと隣にいてもいい?」
「アンタ、その考え方を捨てないといつか悪い男に騙されるわよ」
「レイノルドさまになら、騙されてもいいわよ?」
普段はぐいぐい来るレイノルドが本当に疲れたように肩を落としているものだから、シンディは思わず吹き出してしまった。そのせいだろうか、言うはずのなかった素直な気持ちが口をついて出てくる。
「旅を始めて気が付いたの。あたしに注意をしてくれた人たちが、どれだけ親切だったかってこと。だって、平民上がりの聖女なんて馬鹿の方が扱いやすいのよ。お飾りにするにしても、失敗して今のあたしみたいにみんなが嫌がる仕事をさせるにしてもね」
「あら、ちゃんと理解していて偉いじゃない」
「もう茶化さないで。学園に通うように言ってきた神殿の偉いひとは、いつもあたしの心配をしていたわ。学園でいつもあたしのことをガミガミ叱ってきたひとだって、意地悪でやっていたわけじゃあなかったんだよね。あたし馬鹿だからさ、学園の卒業記念の夜会で殿下に作ってもらったドレスをあたしがもらえなかったのは、嫌がらせだって本気で思ってた。あのドレスを作るために使われたお金が、本当は殿下の婚約者さまのために使われるべきお金だったなんて考えもしなかった。そのお金がどこから何のために集められたものなのかも」
ずっと下町で貧乏暮らしをしていた平民娘が、聖女になって貴族の世界を知り、同じように贅沢をしたいと思った。上に立つ者の義務も知らずに、権利だけを主張すれば痛い目を見て当然なのに。
「レイノルドさまは、そんなあたしのお世話を押し付けられたはずなのに、見捨てなかったでしょ。どんなにあたしが馬鹿なことをやっても根気強く大切なことを教えてくれた。そんな素敵なひとの近くにいたら、好きになっちゃうのは当然じゃん」
「アタシもあんたのこと、嫌いじゃないわよ」
「仕事仲間とか、友だちとしてじゃ、意味ないんだもん。でも恋人とかそういうのは無理だってわかってるから、ずっとそばにいたい。愛してくれとは言わないから、隣にいることだけは許してほしいの」
「あら、アタシは可愛いものに目がないだけで、男性が恋愛対象だなんて言った覚えはないんだけれど?」
「え? あ、はいいいいいい?」
「やだ、アンタ、もう健気すぎでしょう。本当にバ可愛いんだから」
かくしゃくとした曾祖母に、武人のような祖母、しっかり者の母にかしましい三人の姉たち。女系家族の末っ子長男は、ごくごく自然な流れで、綺麗なものや可愛いものが大好きな乙男に成長してしまったのだ。相手が油断してくれてちょうどいいからと、普段の口調はあえておねぇなままの美形神官はすっかり呆れた顔でシンディを見つめ返してきた。
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