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(2)
聖女シンディは、かつて王都で盛大にやらかした過去がある。当時の王太子と恋仲になった挙句、自分たちを諫めてきた令嬢を断罪しようとして逆に断罪返しを受けたのだ。
礼儀作法と人間関係の掌握のために放り込まれたはずの学園では、遅刻早退は当たり前。試験も落第寸前で、王太子の腕に絡みついたまま一日を過ごしていた。
当時、王太子にはれっきとした婚約者も存在していた。だがシンディは、表立って注意されないことをいいことに、めくるめくラブロマンスに身をゆだねていたのである。もちろん、シンディと王太子の恋が成就することはなかったし、手痛いしっぺ返しも受けた。貴族の常識から鑑みれば当然の結末だったが、平民の中でも下層の出身であるシンディにはまさに青天の霹靂だったのだ。
王太子は元王太子となり、隣国の奇特な趣味を持つ公爵夫人の元で躾けられているらしい。風の噂によれば、今ではすっかりお利口な犬になったのだとか。そしてシンディはと言えば、王都の中央神殿という最も華やかな職場から異動となってしまった。具体的には、過酷なことで有名な巡礼の旅に出ることになったのである。
『汗水垂らして、ド田舎を歩き回るとか絶対に無理だから。さらにはお風呂もお手洗いもない、虫やらなんやらがいっぱい出てくる場所で野営とか絶対にいやああああ』
『わがままばっかり言ってんじゃないわよ、このお子ちゃまが!』
『いやあああ、こわいいいい。美形神官がいるって言ったのに。嘘つきいいい』
『怖い? あら、可愛いの間違いよねん?』
美形だが死ぬほど毒舌の神官レイノルドに根性を一から叩き直されることになったシンディは、涙を流して抵抗したがもちろん聞き入れられるはずがなかった。
国内の僻地に建てられた祠に魔力を注いで回り、国全体の浄化と民への布教を同時に行うことになる旅は、正直なところ一般男性でもひるむような環境だ。
そのため旅に参加するのは戒律に厳しい屈強な神官たちばかり。通常は引退間際の聖女が退職金をはずんでもらう代わりに引き受ける仕事だったりする。だがもともと平民として暮らしていたこともあり、シンディはすぐに例の世話役の神官にも馴染み、巡礼の旅にも順応してしまった。
王都から追放された事情があったとはいえ、若く美しい聖女による巡礼の旅は、辺境の民に大層歓迎され、彼女の人気と実績は中央神殿も無視できないほどになったのである。だがこの時には既にシンディの心は、神殿における出世などではなく、もっと身近なひとへ移ってしまっていた。
『まったく、本当に不細工ねえ。どうして無駄な厚化粧をしているんだか』
『はあ、どういう意味よ。って、ちょっといきなり顔を濡らすな』
『あら、結構可愛い顔してんじゃない。アンタ、すっぴんの方がよっぽどいいわよ。化粧したけりゃ、アタシに声をかけなさい。いろいろ教えてあげるから』
『アンタ、貴族の人間関係もちょっとは勉強しなさいよ。派閥を把握していないと、足元をすくわれるどころか、命を失うわよ』
『王族ヤバっ。神殿怖っ』
『今回、中立派の貴族がアンタを庇ったから、死なずに済んだのよ。もうちょっと感謝しておきなさい』
『偉いひとの世界って怖いわ。贅沢できて嬉しいとか言ってる場合じゃなかったわ』
レイノルドは口は悪いが、とても良い人間なのである。出会った当初からシンディを叱りつけ、陰になり日向になりシンディのために心を砕いてくれたレイノルドに、シンディはすっかり惚れこんでしまっていた。この国の神官たちは、妻帯が禁止されているわけではない。だから聖女がその任を終わらせた後であれば、夫婦になることだってできる。けれど、シンディの場合には大きな問題があった。
(レイノルドさま、おねぇなのよね……。恋愛対象にすらなれないって、一体どうすりゃいいのよ)
シンディはひとりうなだれながら、祠を目指し進むのだった。
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