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(4)
普段はお節介なくらいよく口の回るレイノルドだが、今日ばかりは信じられないほど静かにしている。聖女の奇跡の一端を目にしたことで、感動しているのかもしれない。
(まあもともと神官になるくらいだし、信心深いのは当然よね。でもさあ、その感動の景色を実際に見せてあげたのはあたしなわけだし、女神さまへの畏敬の念を抱くよりも先にこっちにお礼を言ってくれてもいいんじゃないの?)
少し唇をとがらせていたシンディだったが、途中で小さく耳を澄ませると、嬉しそうに顔をほころばせた。
「あははは、本当に? いいの? わあい、ありがとう」
「ちょっと、アンタ、誰と話しているの?」
「あ、そこら辺の妖精さんたち。秘蔵の花の蜜をお裾分けしてくれるって。今回、魔石に魔力を充填した影響で、かなり大地に力が満ちたみたい。おかげで予想以上に花も満開になったらしくて、感謝されちゃった。えへへへへ、役に立ってよかったあ」
胸を張りつつ、シンディがけらけらと笑う。貴族のご令嬢は楚々と微笑むが、シンディはお腹から声を出している。そのことを品がないと咎めてくるひともいるけれど、笑い方くらい自由にさせてもらうつもりだ。それは、辺境に来ていろんなことを学んだ彼女にとって譲れない大切なこと。
(王都に行ったら、何でも禁止されちゃう。大口を開けて笑うことも許されなくなるし、レイノルドさまにも会えなくなっちゃう。そんなのごめんだわ)
だが、そんな胸の内なんて明かすつもりはない。いつものように当たり前の顔をして、レイノルドと手を繋ぐ。最初は巡礼の旅を嫌がるシンディが逃げ出さないようにするために、レイノルドがシンディの手を掴んでいたのだ。それがいつの間にか、シンディから嫌がるレイノルドの手を握るようになってしまった。
「今回も、めちゃくちゃがんばっちゃたもんね。どうよ、こんなに頑張り屋さんの聖女、手放したくないでしょ。一緒に巡礼の旅を続けたいって言ってくれたら、あたし、頑張っちゃうんだから!」
「だから、これだけの術が使えるんならさっさと中央神殿に戻りなさいよ」
「お断りです!」
「あっそ。まったく祠にどれだけ力を注ぎこんだんだか」
「あたしが回った後、次に来てくれる聖女がいつ現れるかわからないからね」
「だからって倒れたらどうするつもりよ」
「そうなったらレイノルドさまが運んでくれるでしょ!」
「アンタって子は」
「あ、歩き始めたら思った以上に疲れてたわ。おんぶして」
「だから、それくらいは余力を残せって言ってるでしょ!」
「いいじゃん。じゃあ、よろしく。お姫さまだっこで運んでくれてもいいよ?」
「置いていくわよ?」
「ごめんなさい」
(いっぱい頑張ったんだもん。これくらい、役得があっても許されるよね?)
呆れたようにため息をつくレイノルドの背中で、シンディはうっとりと目を閉じた。
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