屑と初恋

うちに来ない？

　いい環境、だったろうかと思いを馳せる。いや、悪い環境ではない。ガサツな兄もなんだ かんだで味方にはなってくれる人たちだ。だが美濃羽がそういう考えをするという事は、も しかすると彼は悪い環境にいたのだろうか。それがどういう環境なのかはイチカには判ら ないが――勿論今の関係性で聞くつもりはない。

「オレさぁ、いわゆる不義の子なんだよねぇ。親父が愛人に孕ませた末にできた子なんだけ ど」

「ぅ、んんっ？」

　聞くつもりはないけれど、相手が勝手に話した場合どうしたら良いのか。そして「それ、今ここで言うことか？」と素で突っ込みが出そうになった。

「母親が超浪費家で親父にすげぇ金せびってて。そういう感じだから親父とはなんだかんだで繋がりはあったんだけど、そんな母親も7年前にぽっくり逝って。金渡したせいで半ばネグレクトみたいな扱いを受けてたオレになんか責任を感じたらしい親父が引き取ってくれてさ。ただ引き取られた後は正直針のムシロみたいな生活になってね。そりゃ私生活荒れても仕方ないでしょ？　それで大学に入る時にもまた誰が学費を出すだのなんだのと本妻と親父が大揉めに揉めて、じゃあ奨学金で行くから大丈夫と断れば体裁が悪いだのなんだの文句言ってきて。その結果親父が学費は出さないが会社一つ任すからそれでやりくりしろってめちゃくちゃな事言い出したんだよ。まぁ引き取られてからは親父に色々と教わってたから、会社はそれなりに軌道に乗ってるんだけど。昨日のバーも実は経営者はオレね。でもそれいうと面倒だからバイトって言ってるんだけど」

　かなりあっけらかんと言ってのけているが、聞かされたほうが重いと思うような内容すぎて思わずイチカは引く。
　訂正しよう。ものすごくいい環境だった。自分のトラウマなんてバカバカしくなるレベル で良い環境じゃないか。ランドセルを新品で買ってもらえなかったぐらいでグチグチ言っていた自分が恥ずかしい。

「だからさ、オレ金でしか甘え方知らないんだよね。だからそれで甘えてくれない？」
　 理由はどうであれ、甘えてくれない？　だなんて。なんて殺し文句だと思った。けれど、小首をかしげ無邪気に言うその様は懇願にも見える。もしこれが嘘だというなら役者か詐欺師になればいいとすら思った。