一目惚れなんて生易しい物じゃない

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一目惚れなんて生易しい物じゃない

 南河原イチカは足利美濃羽にとって鴨がネギに加えて鍋とアルコールも背負ってやって来たようなものだった。彼女が大学の構内でも女子の間で王子様と持て囃されているのを 美濃羽は噂話で聞いて知っている。  もちろん噂の出どころは美濃羽と付き合っている女達で、夢を見るだけなら自由だと言わんばかりに己の都合のいい幻想――到底生身の男に対してならばあり得ない理想ばかり――を彼女に押し付け可哀相だなと思っていた。反面、平然と性を売りにするような女達が理想を押し付ける女とはどんな奴かと興味も出る。いうなれば興味本位と野次馬根性。  遠目から姿を確認した瞬間、なんだ普通のかわいらしい女の子じゃないかと思った。確かに化粧っ気もなければ服装だって冴えない男のようで野暮ったいが、風にさらりと流れる濡れ羽色の黒髪と、陶器のような色白な肌がまぶしいくらいに美しかった。ダボついた服からでもわかるスレンダーな体系はまるで殻に護られた雛のようにも見える。  彼女見た瞬間、どくりと心臓が戦慄(わなな)いた。  美濃羽は自覚をしているほどには屑ではある。彼にとっての異性はただの性のはけ口だったし、自分が望むときに甘やかしてくれるようなそれだけの存在だ。恋とか愛とかそういう感情が心にかすった覚えもない。どちらかと言えば支配欲が強いし飽きたら捨てれば良いだけだった。金で女を買う時もあれば、逆に金で買われる時もある。  たったそれだけの関係性。だから妊娠なんてされても面倒だったしゴムだけは必ず自分が用意したものを使っていた。  我ながら、なんて爛れた関係性しか築けていないのだろうかと笑ってしまう。  きっと自分の中の真っ当な感情は生まれる前に母親の腹の中にでも忘れてきたのだろうとさえ思っている。或いはあの父母にしてこの子ありということか。  ――南河原イチカを見なければ自分はそういう人間なんだと思って生きていた事だろう。  声も知らない、話し方も判らない。どんな性格をしているのかすらも知らないのに無意識にあれは自分のものだと認識する。イチカの隣をのうのうと歩く男が鬱陶しいとさえ思った。一目ぼれなんて生易しいものではなく、どちらかと言えば狩場で獲物を見つけた獣のような気分だろう。だが残念ながら足利美濃羽は獣ではなく人間なのだからそれ以上の感情は理性で留める。
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