火曜日のロンドン

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火曜日のロンドン

「ロンドンって良い名前だよね」  僕はほめた。  花壇に座ってロンドンはもじもじしていた。  いつもすっとしているロンドンが落ち着かない様子で黒い髪の毛をいじっている。 「両親がロンドンで知り合ったのよ。それで私の名前をロンドンにしたの」 「イギリスの?」 「そうよ」  僕はロンドンの髪に触れる。 「触ってもいい?」 「オスカーが、そうしたいのなら」  僕はロンドンの耳の後ろの髪をひとふさ、つまみ上げた。  ネクタイを吟味している英国紳士みたいな風情で、ロンドンの髪をひとふさ取って、眺めて撫でた。 「ずっとこうしてみたかったんだ」  嘘じゃなかった。とてもいい触りごこち。  僕はひとふさの髪にキスして、その髪をロンドンの耳にかけ直してあげた。 「してみたかったのは髪の毛を触ること?」  ロンドンが僕に問う。 「君は何をしてみたかったの?」  僕はロンドンに問う。  ロンドンはシックなトラウザースのポケットからあめ玉を取り出した。  あごはずし(ジョーブレイカー)という名前の付いた大きなあめ玉を溶かしながらキスし合うのは、ティーンエイジャーの間で流行っている遊びだった。 「ちょっとした遊びよ。ねえ、やってみない?」  ロンドンはあめ玉のパッケージを開けようとしたけど上手くいかなかった。僕が代わりに開けてあげた。  虹色のあめ玉は赤ちゃんの咽には危なそうなサイズ。  ロンドンが、ジョーブレイカーにしては小さめのものを選んできてくれてよかったなと思う。  あめ玉を僕に手渡すロンドンの手指が冷たかった。 「ロンドン。君、きんちょうしてる?」 「まさか」  ロンドンが強がった。 「君はかわいいよ」  僕はロンドンの唇にあめ玉を押し当てた。  ロンドンが一瞬ひるんで、その隙に僕はあめ玉ごとロンドンの唇を奪った。  あめ玉を落っことさないように、舌で彼女の口内にあめ玉を押し入れる。  甘い唾液ごと押し入れる。 「あめ玉を飲み込んじゃダメだよ」  僕はロンドンの長い髪をひとふさ、指に絡める。 「あめ玉から溶け出したジュースだけ、飲み込むんだ。やってみてごらん。ロンドン。ほら」  甘いジュースを交換し合う。  ロンドンは上達が早かったし、僕もすぐにエキスパートになった。  キスのエキスパート。悪くない。  僕たちは相性がいいのかもしれない。  ロンドンの冷たい指が僕の耳をかすめ、僕の髪の中に潜り込んだ。  僕たちは互いの髪を指に絡めながら、あめ玉を溶かし合った。  あめ玉がすっかりなくなって、ふたりの唇がすっかりべたべたになる頃には、ふたりとも半マイル走ってきたみたいに心臓がどきどきしていた。 「オスカー。あなたはアンジェラが好きなんだと思ってたわ」  ロンドンの火照った顔はかわいらしいと思った。 「どうかな?」  僕はせいいっぱい思わせぶりに答えた。 「もういっかいキスしてよ」  僕はロンドンの髪をひとふさ、ぴんと引っ張った。  髪から手を離し、立ち上がった。 「君がもう一個あめ玉を持ってきてくれたらね」  ロンドンも立ち上がった。僕を見下ろすみたいなかたちになった。 「ひどいわ」  ロンドンはあめ玉のとうめいなパッケージを地面に捨てた。 「ヨハンナはアンジェラのことを思って、あなたのこと好きだけど身を引いたのよ。ヨハンナは泣いてたわ。なのにオスカーったら好きでもない子とキスするの?」  僕は驚く。  ヨハンナはアンジェラの仲良しで、いつも図書館にいるような物静かな子だった。  そばかすがかわいい子だ。  僕はさらに驚く。  好きでもない子、という言葉に自分から傷ついているふうなロンドンに驚く。 「ヨハンナは僕のことが好きなの?」 「みんな知ってるわ。あなたとアンジェラ以外は」  ふーん、と僕はせいいっぱい胸を張る。  身長ではロンドンに負けてるから。 「それでロンドン、君は? 僕のこと好きなの?」  ロンドンの顔が耳まで真っ赤になって、僕は彼女に叩かれると思った。  叩かれるまでいかなくても、怒鳴られたり罵られたりとか。  だけどロンドンはくしゃっと顔を歪めた。泣きそうな顔。 「オスカーなんか大っ嫌い」  立ち去ろうとするロンドンの背中に僕は呼びかけた。 「ねえ。ロンドン。僕は君のこと嫌いじゃないよ。ヨハンナに言っておいてよ。あめ玉を持ってここに来たら、僕がキスしてあげるってさ」 「あなたって最低よ」  ロンドンは、普段は学校では使っちゃいけない汚い言葉を吐き捨てて、走って行った。 『ジョージー、ポージー、プリンにパイ。女の子にはキスしてポイ』  僕は、キスしてポイ、と歌いながら教室に戻る。  女の子の泣きそうな顔ってかわいいと思う。 🎵Georgie Porgie pudding and pie Kissed the girls and made them cry  マザーグースより🎵
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