木曜日のロンドン(リプライズ)

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木曜日のロンドン(リプライズ)

「あなたの家にオスカー像があるってほんとうなの?」  ロンドンは花壇に座って、そわそわと髪をいじった。  オスカー像っていうのはアカデミー賞をとったらもらえる金色の像のことだ。  ほんとうはもっと他に、僕に尋ねたいことがあるはずなのに。 「僕の家にオスカー像があるかどうか、確かめに来たい?」  僕はロンドンの髪をひとふさつまみ上げた。  ママのサテンのドレスみたいな触りごこち。 「あなたの家にはしょっちゅうアンジェラが来ているんでしょう?」  アンジェラは毎週のようにやって来る。  僕の幼なじみ。 「何か問題がある?」  僕が尋ねるとロンドンはせわしなくまばたきをした。  話題を変えた。 「オスカーあなた、ヨハンナを見た? ヨハンナったら今日もスカートをはいていたわ。小花柄よ」  さあ、と僕は気のない返事をした。 「君のことしか見えてなかったよ。ロンドン。君のブラウス素敵だね」  ロンドンはいつもシックな服装をしている。うちのママが好みそうなすっとした格好。  だけど今日は淡いピンクのブラウスを着ている。  ロンドンはあめ玉を取り出した。  ポケットからあめ玉を取り出すときに、それを落っことしそうになった。  僕の前でだけ指先が不器用になっちゃうロンドンのこと、かわいいと思う。  僕はパッケージを開けて虹色のあめ玉をロンドンの唇に押し当てた。 「そのままくわえて」  ロンドンは僕の言ったとおりにした。 「そのまま。僕の口の中にあめ玉を入れてよ。しっかり押し付けないと、落っことしちゃうよ」  もちろん落っことさなかった。  ロンドンの舌が控えめに僕の唇を割る。  あめ玉と一緒に女の子の赤い舌が僕の中に入ってくる。僕の前歯の後ろにあめ玉を押し付ける。  僕はロンドンの唇と舌と、髪の毛のつるつるした感触を味わった。  すっかり味わってシュガーハイになりそう。  お尻の下の花壇のごつごつが遠くなって、まるで何インチか浮かんでいるみたい。  キスってなんてすばらしいんだろう。  僕の視界の端を小花柄模様の布が動いた。  それはもちろんヨハンナだった。  ヨハンナの手の中で、リボン型のパッケージのその中で、彼女ののどあめは溶けかかっていた。  だってヨハンナはすごくぎゅうぎゅうにのどあめを握りしめていたから。  ヨハンナの咽から、か細い悲鳴が絞り出された。  ロンドンの唇は僕から離れた。  ジョーブレイカーのあめ玉は、僕たちの唇からこぼれ落ちた。落ちて転がり、足元の敷石の間に挟まって止まった。  学校菜園の薔薇のアーチの下で、ヨハンナとロンドンと僕は見つめ合った。 「うわあん」  沈黙を破ったのはロンドンだった。  僕は驚く。  大声を出して泣くのなら、ヨハンナの方じゃないかと思っていた。 「うわあん」  一年生の子みたいにロンドンが泣きじゃくった。  とても大きな泣き声だった。  女の子は泣く直前の顔がいちばんかわいい。  泣いてしまうと、うるさいだけ。  でも、これこそ僕が求めていたことだった。  女の子に盛大に泣いてもらうこと。  泣き声を聞きつけて、コーラス隊の子どもたちが窓際に駆け寄ってきた。この時期は窓を開けて練習してるってこと、僕は知っていた。  今日はアンジェラが練習に参加しているってことも。  泣き声を聞きつけて、校長室の窓が開いた。  これこそ僕が求めていたことだった。
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