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金曜日のミセス・ホワイト
校長先生の名前はアンナ・ホワイト。
校長先生はスペイン語なまりで話す。
僕は校長先生が好きだけど、保護者の中にはミセス・ホワイト校長先生がこの学校には不適切だと言う人もいる。そういう保護者に限って、じゃあ何なら適切なのかっていうことは言わない。
僕は校長先生が好きだから、校長先生が、もともと小じわの多い顔にさらにしわをよせて僕を見ていると、つらい気持ちになる。
校長先生のしわを増やしちゃってごめんなさい、と僕は心の中で謝る。
「なんで校長室に呼ばれたか分かっているわね」
校長先生の言葉に僕はうなずく。
校長先生は重々しく告げた。
「昨日、ロンドンから話を聞きました。ヨハンナからも。心当たりがあるでしょう? オスカー」
僕はなるべくいかめしい顔をしてうなずく。
校長先生はさらにいかめしい顔で続ける。
「人の気持ちをもてあそぶって、それはいけないことですよ。それから、学校ではキスは禁止です」
去年、やはり、学校であめ玉キスごっこをして、咽につまらせかかった上級生がいたことは僕も覚えている。
たぶんその時から学校でキスするのは禁止になった。
でも危ない遊びほど楽しいって、みんな知ってる。
「オスカー。あなたのご両親に来てもらわなくちゃならないわ。今日、お母さんは?」
「ママは先週の土曜日からシカゴに出張しています。ビジネスで」
僕は礼儀正しく答えた。
「ではお父さんは?」
「パパはハリウッドのスタジオで撮影中です」
校長先生は大きなデスクの上に肘をついて、大きなため息をついた。
「オスカー。あなたの言ったことがほんとうなら、私はいまから児童相談所に通報しなければならないわ。十一才の子どもを家にひとりにしておくなんて。ネグレクトです」
「僕はもうすぐ十二才ですよ。何か問題でも?」
校長先生は首を振った。
「ごめんなさい。校長先生。僕、嘘をつきました。パパは家にいます。もう何年もパパは撮影なんてしていません。先生もご存じでしょう?」
それに、と僕は校長先生が安心できる材料を提供した。
「アンジェラのママが僕の面倒を見に来てくれていますから。アンジェラと僕はご近所だし、幼なじみなんです」
校長先生はロンドンに似た黒い髪をしていた。
生え際のあたりに白い髪が混じっている。
校長先生が眉をしかめたり、唇をゆがめたりすると、短めの白髪がぴくぴくと動いて、面白かった。
「校長先生の髪って素敵ですね。白いところ染めたらもっと素敵になると思います。僕、こう見えて手先が器用なんです。お手伝いしましょうか?」
けっこうよ、と校長先生は小バエを追い払うような仕草をした。
「教室に帰りなさい。オスカー」
そして僕は言われたとおりにした。
午後三時にスクールバスに乗り込むとき、校長先生がバスの前に立っていた。
僕を見付けて、僕の手に白い封筒を押し付けた。
封筒の角がぴしっとしてて触れたら切れてしまいそうに鋭かった。
バスの中を見回す。
アンジェラの隣には下級生が座っていた。
アンジェラはバックパックに顔を押し付けて、気分が悪い人みたいに縮こまっていた。
僕と目を合わそうともしなかった。
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