土曜日のアンジェラ(リプライズ)

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土曜日のアンジェラ(リプライズ)

 土曜日の午前十時にアンジェラのママが僕の家の呼び鈴を鳴らした。  シェパードパイの大きなオーブン皿を持って玄関に立っていた。  アンジェラのママは美人だ。  アンジェラにそっくりの金髪で陶器みたいなつるつるの肌。大きな水色の目。  アンジェラのママはシャンプーの広告から抜け出してきたみたい。 「アンジェラは車から降りようとしないの。理由はあなたが知っていると言うんだけど。知っているの? オスカー」  僕は我が家の伸びかけの芝生の向こうに停まっているブルーグレイの車を見やった。 「僕、車のところへ行って、アンジェラと話してきます」  そうしてちょうだい、とアンジェラのママはアルカイックに微笑んだ。  細身のジーンズをはいたきゅっと上がったお尻が、僕の家の玄関の中に消えていった。  家の中にはパパがいて、車の中にはアンジェラがいる。  アンジェラは窓越しに泣きそうな顔をして見せた。  女の子の泣く直前の顔が好き。  だけど、僕にとってアンジェラはただの女の子じゃない。  僕は後部座席のドアを開けて、アンジェラの隣に乗り込んだ。  車の中はラベンダーの芳香剤の匂いがした。  エンジンがかかったままで、ラジオからはラヴァーズロックが流れていた。控えめに言って、完璧だった。  アンジェラの肩を抱いて、僕の方を向かせた。こうすれば、僕の家のキッチンの窓は見えない。  アンジェラには僕しか見えないはず。 「オスカーが好き」  アンジェラは泣きそうな顔のままだった。 「だけどオスカーはわたしのことは好きじゃなかったのね」  僕はアンジェラの頬にキスした。小さな頃みたいに。 「どうしてヨハンナとキスしたの? ロンドンともキスしたの?」 「ごめんね」  僕は素直に謝った。 「もうしない。君以外とキスなんかしないよ」 「うそつきね」 「うそなんか、つかないよ」  僕たちはキスなんかしないで、車の後部座席で抱き合っていた。小さな頃みたいに。  この車でいろいろなところに連れて行ってもらった。  近所のモールも、ダウンタウンの水族館も、遠くの遊園地も。  僕のママはビジネスで忙しかったから、アンジェラのママが僕たちを乗せていろいろなところに連れて行ってくれた。  そのことは嘘じゃない。  遊園地からの帰り道で、僕たちはくたびれて寝てしまった。手を繋いだまま寝てしまった。  僕はチョコレートバーを食べている途中で寝落ちてしまって、Tシャツに茶色いしみを作った。  甘いしみは洗濯してもなかなか落ちなかった。
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