日曜日のママ

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日曜日のママ

 ママは土曜日の深夜に出張から帰ってきたらしかった。  今日は日曜日で、パパは早起きして芝生を刈り込んで、テーブルに花を飾って、ママのためにパンケーキを焼いてた。  こういう演出はパパの大得意。幸せな家族の日曜日っていう演出。  ママはナイトガウン姿のまま、キッチンのテーブルに座っていた。僕を抱き寄せて、僕のつむじにキスした。  ママは美人だ。  いつもつやつやした茶色い髪をしているし、服装の好みもシックだ。ギンガムチェックのスカートなんかはかない。  僕のママはきれいだけど、アンジェラのママほどじゃない。  残念だけど。  僕の手から真っ白な封筒を受け取って、ママはけげんそうな顔をした。 「お手紙? 母の日のサプライズかしら?」 「開けてみてよ」  僕はもじもじして自分のつま先を見ていた。  スニーカーのひもが片方ほどけかけてる。   ママはお手紙が校長先生からだと分かって、ひゅっと咽が絞まるみたいな声をあげた。  サテン生地のナイトガウンの胸元をかき合わせた。 「なんて書いてあったの? ママ」  ママは左手に手紙を持ち、右手を額にあてた。  ママは僕に質問を返した。 「あなた先週、学校で何をしたの? ママに話してちょうだい」  僕はスニーカーのひもを見ながら答えた。 「月曜日にアンジェラとキスした。火曜日にロンドンとキスして、水曜日にはヨハンナとキスした。木曜日にはもう一回ロンドンとキスして、それをヨハンナに見られちゃった。金曜日には校長先生と話したよ」 「それで全部?」 「だいたい」  ママは一分間でたっぷり五年分くらい歳を取ってしまったようだった。 「スクールカウンセラーの予約を取るようにって書いてあるわ。あなたの息子さんは何か課題を抱えているようです、ですって」  ママはパパに手紙と封筒を渡した。  ハムから脂身を取り除く時みたいな手つきだった。  パパはハンサムな顔に、せいいっぱい難しい表情を作った。 「なんでそんなことをしたんだい? オスカー。女の子たちを泣かせるなんて」  パパは僕に尋ねた。  パパの歯は真っ白。パパのTシャツも真っ白。  厚い胸板は作りものみたい。  パパはお芝居みたいな真剣さでママの肩にそっと手を回す。 「ごめんね。ママ」  僕は素直に謝った。 「僕はパパの真似をしただけなんだ」  パパが大昔に出ていたっていう学園ドラマを全部見た。女の子をとりこにするプレイボーイの仕草と台詞を丸暗記した。  正直言って、パパの歯は真っ白で、パパの顔はあまりにハンサムで、パパの存在は画面の中であまりに退屈だった。  それだけじゃない。 「ママのいない土曜日に、アンジェラのママが家に来るよ」  ママがぱっと顔を上げた。  僕はママのきれいな髪の中に一本の白い髪を見付けた。ママが顔を上げたひょうしに、その白髪がぴょこんとおじぎをした。 「僕は、パパがアンジェラのママにしていることを、真似してみたんだ」  僕はママの顔を見た。  ママは泣こうか叫ぼうか迷っているみたいな顔をしていた。  泣く一瞬前の顔は、すごくきれい。  その後は、見たくないし聞きたくない。  僕はキッチンのドアから外へ出た。  パパが置いたままにしていた芝刈り機を蹴っとばした。芝刈り機は重いし危ないから触ってはいけないって言われていた。  力任せに何度も蹴っとばしていたら、芝刈り機が倒れて、刈り取った芝が散らばって、茶色い土も広がって、せっかくきれいにした庭が台無しになった。  ねえパパ。  上手くいっていることを台無しにするって、すごいスリル。楽しいよね。  ごめんねママ。 「母の日おめでとう」  庭のみつばちにしか聞こえない声で、僕はママにお祝いを言った。  走り出したかったのにスニーカーのひもがほどけて絡まってた。 《 完 》
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