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メイドさんは、ご主人様が「おもしれー女」に興味津々なので不安です
昼休み。燈次は仲のいい後輩と一緒にご飯を食べながら喋っていた。
「この間、廊下で金髪の女性とすれ違ったんだ」
「青い目の方ですか」
「そう。社員証ぶら下げてたし、うちの社員だよな。あんな人いたっけ?」
「4月に入った新人でしょう」
「だがもう5月半ば。目立つ髪色の相手を、何故ずっと見つけられなかったのか不思議なんだ」
「そんなもんでしょう。フロアが違いますし」
燈次はちっちっち、と人差し指を左右に振った後、勢いよく椅子から立ちあがった。
「俺の趣味は人と距離を詰めること。だから会社の新入りはこの1ヵ月で全員チェックしているはずなんだ」
「怖い趣味ですね」
「その俺のセンサーを潜り抜けた? あんなに目立っていたのに? その真相が大いに気になる。謎の金髪ガール、是非とも仲よくなりたい」
燈次が目を輝かせていると、ちょうどフロアに金髪美女が入ってきた。彼女はカタコトの口調で燈次たちに話しかける。
「ワッターシの話、していた、デスカー?」
「おお、ちょうど」
「ワッターシの名前、キャサリン、デース。故郷は、アメリカ、デース」
燈次は笑顔になり、たどたどしい英語で返事をする。
「マイネーム、イズ、入江燈次。よろしくな」
「オー、ミスター入江? ユーがワッターシの部署に提出した請求書、見マシタヨ」
「というと、キャサリンは経理部か」
「ユーのハンコ、全部曲がってマーシタ。日本人、仕事が丁寧と聞きますが、ミスター入江は違いマースネ。ハンコが躍ってて、ダンスフロアかと思ったデース」
「……お?」
「日本の人、子どもっぽい見た目してマースガ、ミスター入江は中身もチャイルド、デースネ。これじゃ全米が笑いマース。ハーハーハ!」
キャサリンは高笑いをして去っていった。
燈次は1分間口をあんぐりして黙っていた後、絞りだしたような声で呟いた。
「……何だこの状況」
帰宅後。
燈次は何だか悔しくなり、グスン、グスンと鼻をすすっていた。
すると、奥からメイド服の女性がやってきた。
「どうしたのですか、燈次さま」
「何でもない、さと」
「私の前なら泣いてもいいんですよ。私はあなたのメイドですから」
「さと……!」
燈次はワッと声を上げ、さとの胸に飛びついた。
燈次は金持ち男。さとは彼に仕えるメイドだ。
燈次は彼女のメイド服のエプロンに顔をうずめ、声を上げて泣いた。
その間、さとは燈次の背中をゆっくりと撫でていた。彼女の顔には、満足そうな表情が浮かんでいる。
20分間そうしていた後、燈次はようやく涙を引っこめた。
「ありがとう。すっかり元気になった」
「燈次さまのお役に立てて光栄です」
「お陰で、キャサリンと仲よくなるモチベーションが湧いてきたよ」
「それは嬉し……え?」
燈次は目をギラッと光らせる。
「初対面でこの俺を罵倒するとはおもしれー女だ。謎の女、キャサリン。なおさら興味が湧いてきた!」
さとはあわあわと両手を宙で振る。彼がキャサリンに関心を示すことは、彼女の望む展開ではないようだ。
「あの、別に、無理に仲よくならなくても、いいかなって思います」
「しかし、やるだけやってみよう」
「燈次さま、あの……」
「連絡先がほしいな。職場の知り合い、何人かに電話でもかけてみるか」
「あ……」
燈次は何人かに電話をした後、ため息を吐いた。
「さすがに個人情報は教えてくれないか」
「えっと、どなたにかけたんですか」
「キャサリンと同じフロアの人。あとついでに役員」
あまりにサラッと口にするので、さとは目をぱちくりさせた。
「役員さん……って、とっても偉いお方ですよね」
「まあな」
「で、でも、キャサリンさんの連絡先は分からなかったんですよね。じゃあきっと、運命の神さまみたいのが、今は仲よくなるタイミングじゃないよって、言ってるんです」
「なるほど」
「分かってくれますか」
「まずは相手の興味ありそうなことを予習しろ、ってことだな」
「あれ……?」
「アメリカといえば何が流行っているのかな。さとはどんなイメージがある?」
急に話を振られて、さとは少し悩んだものの、結局は答えてしまった。
「ハンバーガーとか、チェリーパイ? とか、コーラとか」
「食べ物か」
「あと、アメリカンドッグ!」
さとは食べ物の名前を上げる内、ぴょんぴょんと跳ねだした。元気いっぱいな彼女の笑顔に、燈次も思わず頬を緩める。
「よし、じゃあまず食事から歩み寄ろう」
燈次はそのアメリカンな料理たちをテーブルに並べ、ひとつずつ口に入れていく。
「どうですか、燈次、さま……」
「うまい。だが、普通に食べるのは足りない気分だ」
「というと?」
「アメリカは世の中を引っ張っていく国だ。だからこそ俺は、先見の明がある人物になりたいと思ったんだ」
「え、え、どういうことです?」
燈次はなんと、アメリカンドッグにコーラをかけた。大きく口を開け、豪快にかじる。
「おお、これは!」
「どうですか?」
「……まずい!」
さとは大きく息を吐く。
「燈次さま、食べ物で遊んじゃ駄目ですよ」
「次はハンバーガーのバンズにチェリーパイを挟んでみよう。さすがに、まずい味にはならないだろう」
「ほえ……」
「まずくはないが、やらなくていいな」
彼の感想を聞いたさとは、少し得意げに胸を反らす。
「神さまがもうやめようねって言ってるんですよ、燈次さま。もう会社でのお話は忘れて、私と……」
「アメリカの文化と言えばアレだよな」
「燈次さま?」
燈次はそそくさと自室へ行ってしまった。
かと思うと、着替えて意気揚々と出てきた。
彼の服は、ストリート系。何故かラジカセも担いでいる。
「ヨー、ヨー。アメリカといえばクールなラッパーだ!」
「燈次さまが、いつもと違う雰囲気に」
「この機会に、俺のリリックのセンスを見せてやるぜ!」
そう言って燈次は人形を床に置き、人形相手にラップをかました。
「お前、韻が踏めてない 調子悪い?
俺の悪口でみんな卒倒、死屍累々
俺は互換性のある部品になれないマイナー野郎、でも
ニッチでも心はリッチに行こうじゃない!」
燈次はひとりマイクパフォーマンスを行った後、さとに向かってウインクをした。
俺カッコよかっただろ、と言わんばかりに。
さとは薄っすらと頬を赤らめ、燈次をじっと見つめる。
燈次はクールにポーズを決める。
さとはたっぷりと時間をかけた後、唇を開いた。
「燈次、さま……」
「何だ、さと」
「人のことを悪く言うのは、よくないなって思います」
彼女のズバッとして指摘に、燈次はキメ顔のまま固まった。
「お……おお……?」
さとは冷静に言葉を続ける。
「悪口は誰も楽しくなりませんよ。みんな仲よくしたらいいのにって思います」
「ラップのdisは、エンターテイメント化されたもの。優れた音楽であり芸術なんだ」
「それより燈次さま、私とお花さんのお話しましょう。楽しいですよ」
「disイズ、アート……」
「そろそろ着替えましょうね、燈次さま。せっかくのスーツがしわになっちゃいますよ」
さとは鼻歌を歌いながら、彼の上着を脱がしにかかる。
会社のことなんて忘れましょう、と言わんばかりに。
しかし燈次はまだ昼間のことに固執している。
「あとは何をすれば、キャサリンと仲よくなれるだろうか」
「もういいじゃないですか。キャサリンさんとは、仲よしになる運命じゃなかったんです」
「みんな仲よくって言ったのは、さとじゃないか」
燈次は口を尖らせる。ラップのdisというよりは、ただの子どもっぽいぼやきだ。
さとは何も言わず、気まずそうに燈次の上着を抱きしめた。燈次が受けとろうとしても、いやいやをする子供どものように首を振るだけ。
燈次はネクタイを緩めながら、何かを言おうと口を開いた。
そのとき、さとのポケットが震えた。警備員室からの電話だ。
「はい。さとです。……え。お客さま?」
燈次とさとが正門に行くと、警備員が困った顔で手招きをした。
案内された場所には何と、金髪の女性がいた。
燈次は思わず声を上げる。
「キャサリン。どうして俺の家に」
キャサリンは目を伏せて答える。
「あなたの後輩に、教えていただきました」
「いや、俺の個人情報は洩れとるんかーいっ」
「申し訳ございません。悪いのは勝手に聞いたワタシです」
「キャサリンひとりが悪いわけじゃ」
「ワタシに説教をするために、各所にワタシの連絡先を聞いておられたと伺いました」
「怖がらせて悪かった。違うんだ。仲よくなりたい気持ちが暴走して」
そこまで言って、燈次は首をひねった。何か、おかしい。
「いや、これ、言っていいのか」
「どうかしましたか」
「キャサリン、あの……喋り方が違うんだな。昼間はワッターシ、とか、なんとかデースカー? みたいに、カタコトっぽかった気がするが」
「左様でございます」
「お? 何? え?」
燈次が困惑していると、キャサリンは勢いをつけて土下座した。
「申し訳ございません! ワタシ、嘘をついておりました!」
「ななな、何? 嘘?」
「ワタシ、本当はスムーズに日本語を喋れます」
「そうか。勉強したんだな」
「いえ、元から」
「ハーフ? すまん、それは考えていなかった」
「両親ともに日本人です」
「えっと……」
「名前もキャサリンではありません」
「ほう?」
「あと金髪でもありません」
「染めてたんだ? まさか目も」
「カラーコンタクトです」
「ほおおーっ?」
燈次は跳びあがる。しかし、キャサリンは頭を下げたままなので彼のリアクションに気づかない。
「あの、キャサリン……でいいのかな。頭を上げてくれないか。言うのが遅くなって申し訳ない」
「このままでいさせてください」
「キャサリンの服が汚れるし。あとついでに……住宅街ではあるが、道路だし」
燈次のしどろもどろな言葉に、キャサリンはようやく立ちあがった。
ひとまず、警備員室の椅子に案内する。
キャサリンは恐縮した態度で腰かけ、話しはじめる。
「ワタシ……昔から人付き合いが苦手で」
「うん、うん」
「会社では明るくしようと思ったのに、駄目でした」
「辛いな」
「そんな中で、とあるアニメを見ました。アメリカ人のキャラクターが、自由奔放に振るまっていました。ワタシはこれだと思って」
「おお!」
「見た目も言葉遣いも、アメリカンになれば、明るい性格になれると思って!」
「おおお!」
「だからワタシは……何の前兆も見せずにキャラクターを変えたのデース!」
「そんなに急な変化だったのか!」
「何かもう思い切りがよかったのか、部署の人、誰もワッターシのこと注意しなかったデース。だから……調子に乗って、ミスター入江に喧嘩を売ってしまったデース」
「そういう経緯があったのか」
「でも、ふざけるのは終わりにいたします」
キャサリンは口調を戻し、深々と頭を下げた。
しかし燈次は当たり前のように言う。
「やめなくてよくないか?」
キャサリンはゆっくりと顔を上げた。燈次はニカッと笑いかける。
「それがお前らしさなら、それでいいじゃないか。自由なほうが楽しいだろ」
「……ミスター入江、いい人デース! ワッターシ、ユーのお陰で自分に自信が持てそうデース!」
「わっはっは。そうだ、今度一緒に飯でも行こう。近くにうまそうなハワイアンレストランができたんだ」
「ワーオ。グッドアイデーア!」
「さとも一緒に行こう。な?」
そういって燈次はさとのほうを振りむいた。
よく見ると彼女は、燈次の上着を抱きしめたままだった。燈次は小さく笑いかける。
「まだそんなの持ってたのか。置いてくればよかったのに」
ずっと黙ってやり取りを見ていたさとは、無表情のまま呟いた。
「そんなの、ですか」
燈次は笑顔のまま固まった。
「……ん?」
「私は燈次さまのおそばでいつもがんばっているのに、燈次さまはすぐ他の女の人ばっかり気にかけて。どうして燈次さまのためを思っている私のことは全然見ないで、こういう……」
さとは珍しく、卑屈な空気を漂わせている。
燈次は少し考えた後、ハッと息を飲んだ。
「さと、何か誤解をしていないか」
「分かってます。フランクに悪口が言えないような私はつまらないんですよね」
「そういう話じゃない。さとは一番おもしれー女だよ」
「聞こえません」
「俺が一番好きなのはお前だよ。ま、待てってば、さとー!」
ぷりぷり怒って屋敷に戻るさとを、燈次は慌てて追いかける。
残されたキャサリンは、肩をすくめて呟いた。
「やっぱりミスター入江、かなりの悪い男デース……?」
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