蛇帯

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 翌日になって、涼佑は宿題を全くやってないことに気付き、飛び起きて死に物狂いで取り掛かる。朝からなんでこんなに疲れなきゃいけないんだと自分の迂闊さと世の中の理不尽さを思い知り、教訓を一つ得た。宿題は早めにやろう。学生としてそんな当たり前のことを噛み締めて、何とか終わらせた彼は忘れないようにそのまま鞄に突っ込む。  それからはいつも通りに登校し、休み時間に巫女さんに訊いたことをちゃんとまとめられているかノートを確認して、昼休みを迎えた。涼佑の高校は昼食は弁当なので、各自好きな場所で食べられる。天気の良い日は中庭に出て食べたりもするが、今日は人が多いところを避け、空き教室に昨日のメンバーが集まった。  話し合いをしやすくする為、皆互いの顔が見えるように座って、食べながら昨日のトンネルでの出来事を共有する。涼佑の話は恐らく一番内容が濃いという理由で最後に話すことになった。と言ってもトンネルでのことは彼以外大した差は無く、皆懐中電灯を投げた辺りで記憶が途切れ、気が付いたら涼佑がその場に倒れていたという。前日に巫女さんが言っていた通り、涼佑と彼女以外は何も見ていないようだった。その間、真奈美はずっと何か思案しながら聞いているようだった。話している間は箸が止まるので、いつもより食べ終わるのが遅い。 「で、ここからはいよいよ新條の話よ。どう? 説明できる感じ?」 「うん。大丈夫。ノートにまとめてきた」 「真面目かよ」 「いや、だって、オレだって色々知りたかったし」 「巫女さん、新條君に何があったのかは教えてくれた?」  友香里に痛いところを突かれて、涼佑は答えを窮した。非常に答えにくいと思いながら、取り敢えず「う~ん……」と声を出して考える。数秒稼いで言うか言うまいか判断し、決めた。 「それがさ、そこも訊いたんだけど、逆に巫女さんに質問されちゃって。何かオレは今まで巫女さんが憑いた人達とはちょっと違うみたいで……」 『今まで憑いた人達と違う』という部分を聞いた途端、皆一斉に涼佑へと期待の眼差しを向ける。直樹なんかは「おっ? おっ?」と隙あらば、ちょっとからかってやろうと顔に書いてあった。しかし、涼佑にとって『人と違う』ということは輝かしいものでも何でも無い。心の中でどこか自嘲気味に笑いながらも、真奈美まで目を輝かせて見つめてきたのは意外だなと思いつつ、説明を始めた。  昨日巫女さんと話し合った内容を涼佑なりにまとめたものを話し終わると、真奈美は大変興味をそそられたようで、目をきらきら輝かせながら考え事をしている。絢が彼女に「ねぇ、真奈美。今までこんな事例あったっけ?」と訊いたが、彼女も聞いたことが無かったらしく、「いいえ。こんなことは今まで聞いたことも無い」と返した。彼女達も聞いたことが無いと聞くと、彼は「とうとうオレは一人だけちょっとヤバめな世界に片足突っ込んじゃってんのか?」と自分を疑いたくなる。 「でも、新條君が見たその空間には興味をそそられる。狸だから巣穴っていうのも、何かリアルだし。まだ確信は持てないけど、新條君が入った空間って、心象風景の世界だったりするのかも」 「心象風景?」 「他人の目には見えないけど、みんなそれぞれ自分の中にはあるじゃない? 印象に残ってる景色とか絵とか音楽、芸術だけに限らず、色々。そういうのをまとめて心象風景――イメージってこと」 「ああ、そういうことか。…………。そうなのかな。入ってた時はよく分からなかったけど」 「でも、それだって凄ぇじゃん。幽霊の中に入って、そいつのイメージを見られるって。絶対普通の人間にはできねぇよ」 「おい、それだとオレは普通の人間じゃないって言いたいのか?」 「おれはできないもん、絶対」 「否定しろよ! 主にオレが普通じゃないって部分を!」  涼佑と直樹がぎゃあぎゃあ言い合っていると、不意に友香里が何か思い付いたのか「じゃあ!」と希望に溢れた口調で言った。 「新條くんは霊を正しく成仏させてあげられるってこと、だよね? それって凄く良いことしてると思う。この世に彷徨ってる人達が少しでも減って、安心して旅立てるってことじゃない?」  彼女の言葉に、涼佑の心がいくらか救われたのは事実だ。彼自身、そう言われるまでそんな風に考えたことは無かったからだった。友香里の言葉に他の面々も納得したようで、一様にうんうんと頷く。 「そうかな?」 「うん! きっとそうだよ! 彷徨ってる魂を救ってあげることができるんだよ! 凄いじゃん!」 『救う』。その言葉は涼佑の中で燦然と輝いているように感じた。霊を救うというと、住職や宮司のイメージが強いが、そこに『涼佑にしかできない』という要素が加わると、何か凄いことができそうな気がしてくる。  成仏という点では、巫女さんが付け加えてくれた話では、彼女の刀で霊の核を破壊すると、核を持っていた霊は成仏ではなく、消滅するのだそうだ。消滅とは、もうこの世からもあの世からも一切の痕跡を残さず、跡形もなく消えること。彼岸と此岸の境界を越えて害を成す者に、容赦などする必要は無いというのが彼女の考えだ。それはそれで一つの解決策ではあるが、涼佑はそれだけでは救いが無いと思えた。罰が重過ぎるのではないか。相手の理由によっては、思いを叶えて成仏させるという手段もあって良いのではないか。それを自分ができるかもしれないとあっては、彼はやりたいと思いそうになって、慌てて止めた。そもそも巫女さんに憑いてもらったのは、他でもない『あの影』を祓うことだ。あっぶね、と彼は一旦落ち着きを取り戻す。おだてられて、危うく全く関係ないことに手を出そうとしてしまったと涼佑は反省した。 「いや、でも、オレは『あいつ』さえ居なくなってくれれば、それでいいから」 「あ、そっか。そうだよね。巫女さんに憑いてもらったのって、そういう話だったし。ごめん。余計なこと言っちゃった」 「いいよ、別に。オレもちょっと考えたけど、オレには荷が重過ぎるから」  少しだけ落胆する友香里に涼佑は何か言葉を掛けるべきかと悩んだが、何も出てこない。何だか彼女とは昨日から謝り合ってばかりだと思っていると、少し気まずくなる空気を一掃するように、絢が一度手を叩いてある提案をした。 「連絡先交換しとこ。あたしとはしたけど、真奈美と友香里とはまだしてないよね? 新條達」  彼女の言葉にそういえばと涼佑と直樹は自分のスマホを取り出した。メイムの連絡先一覧を見ると、確かに真奈美と友香里の名前は無い。していないと二人が報告すると、真奈美と友香里はおずおずと自分のスマホを近付けてくる。 「あ、コードでやる?」 「振るやつをやってみたいの」  何だか若干わくわくしている様子の真奈美を見て、絢が「ああ。真奈美、振るのやったこと無いもんね」と言ったので、何故彼女がスマホを近づけて来たのか納得した。しかし、コードで交換する方法とは違って、振るやつはあまり感度が良くない。  真奈美と涼佑の二人でスマホを左右に振るという傍から見たら、異様な光景であろう手順を踏む。しかし、やっぱり振るやつは感度が良くないのか、彼のスマホに真奈美のIDは届かなかった。 「新條君の来ない……」 「オレんとこにも来ない。青谷、やっぱコードでやろう?」 「………………うん」  少しの間、「納得できかねる」と言いたげな顔をしていた真奈美だったが、渋々コードで交換した。友香里とも同じように交換する。雨に降られた犬のようにあまりにも真奈美が落ち込んでるので、「どんだけやりたかったんだよ」と直樹に言われていた。 「これで何かあった時、すぐ連絡できるね」 「あの、新條君」  真奈美がまたおずおずと、今度は小さく挙手したので、涼佑は努めて優しく「なに?」と返すと、彼女はぐっと意を決したように一瞬、口を引き結んでから言った。 「な、まえで呼んで、いい? その、連絡先を交換したら、友達だから……」  一瞬、「何、その謎ルール」と飛び出しそうになった言葉を、涼佑は慌てて飲み込む。彼にとっては謎極まりないルールでも、真奈美にとっては違うかもしれないと考えたからだ。何より、精一杯の勇気を振り絞って言い出したであろう彼女の気持ちを裏切りたくない。涼佑の反応を窺っている真奈美に、彼は快く「いいよ」と伝えた。 「オレのことも好きに呼んでいいから」 「じゃあ、りょ……涼佑、君って呼ぶね」 「じゃあ、オレも真奈美って呼ぶな」 「うん」 「別にりょーちゃんでも良いと思うけどな。おれは」 「小さい頃のあだ名止めろ」  すかさず、茶々を入れてくる直樹の脇腹を涼佑が肘でつついてやると、彼は「止めろや」と冗談っぽく言って身を引いた。追撃しようかどうしようか涼佑が迷っていると、感慨深そうな真奈美の呟きが聞こえてきた。 「初めてできた……男友達」  本人は気付いているのか、いないのか。自分のスマホを大事そうに見つめる真奈美は、いつもの無表情が少し崩れて、薄く微笑んでいた。真奈美と話すようになるまでは分からなかったが、彼女は案外と年相応の反応をする。しかし、そこで涼佑は当然かと思い直す。彼女も自分達と同い年で、何も特別なことは無いのだから、と。
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