蛇帯

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 涼佑の考えを話すと、皆すぐに賛成とは行かず、絢と直樹には反対された。悪霊と直接対話を試みるのは危険すぎる、というのが二人の言い分だ。 「二人の言うことも分かるけど、でも、だったら、他に対策はあるのか? 無いよ。樺倉の目的や思いを探ろうって言ったって、本当のところは樺倉にしか分からないだろ。遺書があったって話も聞かないし、樺倉の親御さんに直接訊く訳にもいかないじゃんか」  娘を失って精神的なショックがまだ癒えていないところに、娘が自殺に至った動機を訊きに来る同級生なんて、門前払いされるのがおちだ。良くて怒鳴られて追い出され、悪くて警察を呼ばれるだろう。樺倉の家にはまだ行けない。それは皆分かっている。 「分かった。けど、まだ樺倉さんとコンタクトを取るのは待って。彼女のこと、クラスでなら何か手掛かりがあるかもしれないし。それに、まだ彼女の家に行けないって決まった訳じゃないよ」  その口振りから真奈美には何か考えがあるようで、昼休みの時とは違って真剣な表情になる。情報収集はなるべく望を刺激しないように努めようということになり、彼女の家には真奈美達三人、彼女達のクラスで聞き込みをするのは、涼佑と直樹がやることになった。望の家に取り憑かれている涼佑本人が行ったら、何が起こるか分からない危険性があるからだ。 「なぁ、樺倉って、SNSやってなかったのか? あいつのアカ特定できれば、何か分かるんじゃない?」 「う~ん……確かに直樹君の言うことも考えたけど、樺倉さんってそういうタイプじゃない感じしたよ。スマホ触ってるとことか、あんまり見たこと無かった」 「だね。あの子、そういうのやってる暇無かったみたいだし」 「暇が無かった? どういうこと?」  望は生前、真奈美達と同じクラスだったので、ある程度はどんな生徒だったかは涼佑達より彼女達の方が詳しい。その彼女達が一斉に表情を曇らせるのだから、良い話ではないのだろう。 「樺倉さん、いじめられてたみたいなの」 「え? いじめ?」  涼佑にとっては初耳だ。昔からこの学校でいじめがあったなど、殆ど聞いたことが無かったから尚更彼は驚いた。三人共非常に言い出しにくそうな顔をしているが、友香里の話を絢が引き継ぐ。 「私らもはっきりしたことは分からない。教室ではそういう雰囲気無かったから。でも、あの子、何かと呼び出されてたし、いじめなんじゃないかって噂されてた」 「呼び出されてたって、誰に?」 「…………梶原さんに呼び出されることが多かったかな」  梶原理恵。真奈美達のクラスにいるちょっと派手で目立つ、所謂ギャル系の女子生徒だ。いつも何人かの女子と一緒にいて、度々望をどこかに呼び出していたらしい。しかし、彼女達に関して表立って悪い話というものを涼佑も直樹も聞いたことが無い。ふと、思い出すのは望が行方不明と知った日のことだ。確か涼佑達のクラスでもそんな噂が囁かれていたような気がする、と彼はぼんやりと思い出した。そこまで聞いた彼は少し悩みはしたが、梶原理恵がまだ教室に残っているかもしれないと思うと、居ても立ってもいられなくなり、早速話を聞きに行こうとした。しかし、それは彼の手をそれぞれ掴んだ絢と友香里によって止められる。 「だから、ちょっと待ってって言ってるでしょうが!」 「なんでだよ!? 悠長にしてる場合じゃないだろ!?」 「涼佑君、明日からにしよう。彼女、もう多分、帰っちゃってると思う。その上で情報収集のルールを決めておこう」 「ルール?」  真奈美が言うには情報収集にはタイミングも大事ということで、その場で彼らが話し合って決めたのは二つだけだ。情報収集は必ず放課後に行うことと、担当外のことは極力しないようにする。この二点だけを守ろうと結論が出たところで、今日のところは解散となった。 「明日は土曜日で休みだし、私達先に樺倉さんの家に行ってみるね。だから、涼佑君は大人しくしてて」 「絶対に樺倉さんの家に来ないで」と念入りに真奈美から釘を刺される。もちろん、涼佑は分かっているつもりだが、自分はそんなに信用が無いのかと少し自信を無くした。やや納得できないまま、「分かった」と返事をして涼佑は直樹と一緒に帰路に就いた。  家に帰ってから涼佑は宿題をさっさと終わらせて、巫女さんといざという時の為に打ち合わせをしておこうと、ノートとシャーペンを手にする。もちろん、カムフラージュ用に適当な動画を流しておく。もし、望が自分に襲いかかってきた時と説得する時にどういう行動を取るのが適切か、現在の望の状態を教えてもらうと共に打ち合わせておこうと思ったのだ。しかし、巫女さんの反応はあまり芳しくない。 「どうしたんだ? 巫女さん」 「……いや、望はいつもお前のことを見ていると言っただろう? だから、今ここでそういう話はどうしたって、あいつに筒抜けになるんだ。それでも良いんだったら、仕方ないが」 「あ、そう……なのか。――じゃあ、こういう話はできないな。本格的にオレにできることが無い……オレの問題なのに」 「いや、お前にもできることはあるぞ。涼佑」 「え、なに?」  申し訳なさと情けなさに彼が打ちひしがれていると、巫女さんはにっと笑って言った。 「しっかり食事と睡眠を摂って、健康でいることだ」 「何それ? そんなこと、いつもしてるじゃん」 「何か対策になるの?」と先を促す彼に巫女さんは「分かってないなぁ」と言いたげにふふんと鼻を鳴らして、説明する。彼女は案外と教えたがりだ。 「私の宿主であり、悪霊の憑依対象はどうしたって悪霊の影響で体調を崩しやすい。日々の生活によって肉体的にも疲労がある上に、精神的な疲労も普段の倍になる。憑依対象が弱ると、それだけ霊の念力の方が強くなって、対抗できなくなるんだぞ」 「念力? え? 霊ってそんな超能力者みたいなこと、できるの?」 「念力と言っても、少し違うな。霊は死んだ生き物の魂、もちろん肉体なんて無いだろ? それで何故、消えずにいられるのかというと、それは未練だとか執着だとか、要するに『思い』の力が残っているからさ。霊にとって、全てはこの『思い』の力で物を動かしたり、自然を操ったりする。肉体があれば、手でできることを霊は意思の力でやるってだけだ。それが生者にとっては超能力だとか、ポルターガイストだとか、そういう超常的な現象に見えるだけ。実際は肉体が無い分、行動手段が意思の力に移っただけだな」 「――昨日も出てきたけど、そんなに霊にとって、思いっていうのは大事なのか?」 「それが私含め、霊の存在理由だからな。それこそ、自分の存在全てを懸けてもいいと思える程、大事なものだ」 「だが、霊は基本的に生者には勝てない」と巫女さんは続ける。どういうことかと涼佑が先を促すと、彼女は少し寂しげな微笑みを浮かべた。 「肉体が無いからだよ。多くの場合、意思の力だけではそう長くは保たない。そのうち、跡形も無く消えたり、自然と成仏したりする。だが、この世から消える期間というのはその霊が持っている思いの強さによるな。存在の期間と霊の強さはもろに影響を受ける。生者は生命活動をしているだけで基本的に理性もあるし、思考力もある。だから、死者より圧倒的に持っているエネルギーが強い。そんな存在を引きずり込んで殺すには、そのエネルギーを削る必要性が出てくる」 「あっ、だから、霊って脅かしてくるのか。脅かして体力とかを消耗させたりするのが必要ってこと?」  涼佑が結論に辿り着くと、巫女さんは満足そうに笑んでうんうんと頷く。正解できて偉いなと言うような笑顔に、涼佑はまた何となくくすぐったいような感じが湧き起こった。巫女さんは時々、涼佑を慈しむような笑顔を見せるせいで、その度に彼はどう反応したら良いのか分からなくて、戸惑うばかりだった。だが、それも一瞬のことですぐに真剣な顔になった彼女は続けた。 「じゃあ、消えたくないと思う霊は何をすると思う?」
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