蛇帯

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「へ? 消えたくない?」 「誰だってそう思うだろ。自分の力で成仏できない霊が自分の『思い』を遂げるまでどうしたら、存在が消えるという時間制限から逃れるのか。考えるものだろ」  また新たな問題に涼佑は特に捻ることも無く、素直に考えて答えた。 「……もしかして、それが、憑依?」 「そうだ。涼佑、お前はなかなかに物分かりが良いようだな。憑依をすると、霊はそれだけで生者から僅かながらエネルギーを取り込める。憑依した時は霊より生者の方が肉体的・精神的に強いが、憑依した霊が対象者を驚かせたり、不運に巻き込んだり、もっと強くなると呪ったりしていずれ対象者を乗っ取り、殺す。それが悪霊のやり口だ。逆に対象者と共存し、守るのが守護霊の性質だな」 「対象者と共存して守る……ん? でも、巫女さん。巫女さんはオレにお供え物を要求するよな? あれもエネルギーになってるのか?」  巫女さんは特殊な守護霊のせいか、生者と同じように食べ物からエネルギーを摂取してるのかと思った涼佑は内心少し不思議な感じがするが、彼女と食卓を一緒に囲んでいるようで、それはそれで嬉しいと思っていた。尤もらしい彼の意見を聞いた巫女さんは、何故か非常に言いにくそうに口をもごもごさせながら言う。 「ん~……むぅ。あれは、そうだなぁ。エネルギーを摂取、してるとも言えるっちゃあ、言えるが……ん~、まぁ、私が食べたいだけとも言えると言えば、言えるなぁ」 「食べたいだけじゃんっ!」 「んぉ……だって、この世にはまだまだ美味しい物が多いだろ? 私だって、食べたい!」 「……分かったよ。この件が終わったら、何か美味い物食べに行くか」 「やったぁー!」  大人なのか、子供なのかよく分からない巫女さんの反応に、涼佑は「仕方ないな」と自然と笑えた。  最初に涼佑から話を聞いた真奈美は、いつもの依頼と同じだと思っていた。ただ、話を聞いてそれっぽい簡単なおまじないのような儀式をやり、当人の不安を取り除いてやればいいと思っていたが、涼佑を通して巫女さんから話を聞いた彼女の頭を過ったのは、この依頼は少々手こずりそうだという考えだった。当時は彼女を涼佑に憑ければ、後は簡単に解決すると思っていただけに至った結論だ。真奈美は霊感がある訳ではない。何ならそれを信じてすらいない。しかし、それと同じように幽霊が本当にいないかどうか、自分の目で確認したことも無い。だから、答えを見付ける為にいつだって彼女は己の好奇心の赴くまま、あるかどうかも分からないものを見つめ続けることを選んだ。  さて、と出かける準備が整った彼女は玄関を出る直前に絢と友香里に連絡を取ってみることにした。今日は土曜日。幸いなことに登校日ではない。グループメイムで今から出ると送ると、すぐに返事が返って来た。友香里からは「分かった」の絵文字。絢からは「もう着いてる」とメッセージ。 「……早い」  前日、分かれるまで絢が一番口では面倒くさそうにぶつぶつ不満を漏らしていたが、何だかんだで一番やる気があるのも彼女なのだ。それに微かに笑みを零して真奈美は「なるべく急ぐね」と返し、家を出た。  絢達との待ち合わせ場所は真奈美の家に割と近いからという理由で、学校の校門前だ。いつも何かと少し遅れてしまう自分のことを考えてくれたのかと思うと、申し訳ないと彼女は思う。急ぐと言ってしまった手前、走らない訳にもいかず、真奈美は慣れない運動で息を切らしながら向かっていた。家の前のトンネルを抜け、道路沿いに走っていると学校が見えてくる。その頃には大分息が上がっていた真奈美は、少し歩こうかとスピードを緩める。結構な距離は稼いだだろうと思い、歩き始めた。そうして進んでいると、乱れた呼吸が整う頃にはもう校門が見えてくる。そこにスマホを操作しつつ、待っている絢の姿を捉えると、真奈美は小走りで近付いた。彼女の足音で気付いたのか、絢が顔を上げてこちらを見る。 「ごめん、待った?」 「あ、真奈美。ううん、あたしが早く来ちゃったから大丈夫。友香里もそのうち来ると思うよ」 「うん」  先程、小走りしたせいか、また少し息が上がっている真奈美の様子に気が付いた絢が話し掛けてくる。 「もしかして、走って来た?」 「……ふぅ。うん、待たせちゃいけないと思って」 「そんなん、いいのに。……ねぇ、真奈美。真奈美は今回の依頼、どう思ってる?」 「どう?」  絢の顔を改めて見返す真奈美。彼女は少し不安げで同時に、真奈美のことを心配しているようだった。それを真奈美が認識したと同時に絢は「私は正直、もう手を引いた方が良いんじゃないかなって思ってる」と神妙な顔でぽつりと言った。そこで漸く真奈美は先程の電話で彼女が厭にやる気を出していた理由が分かった。こんなことを友香里がいる時に話せば、彼女は絶対に反対するだろうと予想できたからだ。  今まで彼女達は多くの依頼を請け負って来たが、それは三人の好奇心半分、友香里の正義感半分でできた、中途半端なものだ。絢や真奈美がこれ以上、関わるのは危険だと判断したら何かしら理由を付けて離れるのが彼女達の緊急措置だ。幸い、今まではそんな杜撰なやり方でも危険を回避できてきた真奈美達だが、今回ばかりはそうはいかないだろうと絢は思っている。何せ、彼女達が本物の霊を相手にするのは、今回が初めてだからだ。 「私は……」  そこで真奈美は少し言い淀んだが、内心で絢に謝りつつも本心を告げた。自分の中の衝動に抗うことはできなかったからだ。 「私は、続けたい。本当に私の知らない世界があるのか、この目で見てみたい」 「それ、本気で言ってる? どうなるか、分からないんだよ? 新條も、あんたも」 「うん」  たとえ、それが原因で破滅しようとも後悔は無い。絢を見返す真奈美の目はそう言っていた。それを汲み取ると、絢は諦めたように破顔する。 「しょうがないな。あんた、言い出したら聞かないもんね。――分かったよ。じゃあ、友香里ん家、行こう。で、その後に樺倉さんの家ね」  言外に最後まで絢も付き合ってくれると分かった真奈美は嬉しくなり、上機嫌に彼女と並んで友香里の家へ向かい始めた。  友香里を迎えに行き、そのまま歩いて樺倉望の家へ向かった。樺倉望の家は涼佑達が住む住宅地の外れにある。あまり日当たりの良い場所ではない、どこか寂しい空気が漂う土地だった。友香里が事前に住所を調べ、印刷しておいた地図と再三照らし合わせて確かにこの家だと確信を得る。辿り着いた三人は、少々緊張した面持ちで門に設置されているインターホンを押した。静かすぎる屋内に『ピンポーン』という軽やかなチャイムの音が虚しく響く。しかし、中から何の物音もしない。一瞬、留守なのかと思った絢はちらりとカーポートを覗いてみたが、車が確認できたので、留守という訳ではなさそうだと二人に言った。  それから数分して、一応もう一度鳴らしてみようとした三人だったが、不意に開けられた玄関ドアの音にびくりと肩を震わせ、そちらを見る。そこには一人の女性が玄関ドアを開けた恰好で佇んでいた。おそらく、望の母親だろう。随分とやつれて目の下に濃い隈を作っていたので、三人共初めは誰なのか分からなかった。門扉越しに軽く会釈したり、挨拶する三人の姿を認めたのかすらよく分からない目つきで、望の母はその様をぼうっと見つめていた。何だか普通の状態ではないと思った三人だったが、訪ねて来た理由をその場で簡単に言った。 「すいません。私達、望さんのクラスメイトです。今日は望さんのお話を聞きに来ました」  一目で相手が未だ情緒不安定な状態だと見抜いた友香里は、努めて優しい口調と内容で話し掛けた。あくまでも自分達は亡くなったクラスメイトの生前の話をしに来た、という体だ。実際、嘘は言っていない。ただ、彼女達の本当の思惑とは少し違うだけだ。  ふらふらとした足取りで玄関ドアに寄りかかった望の母は生気の無い表情でそのまま真奈美達をじっと見ていたかと思うと、小さく「あ、望のお友達ね」とだけ零してよろよろと門扉に近付き、開けてくれた。そのまま倒れそうになった彼女を慌てて三人がかりで支える。 「だ、大丈夫ですか?」  到底大丈夫そうには見えないが、絢は思わずそう確認せざるを得ない。絢の声にはっと我に返った望の母は「あ、ごめんなさい」と言って、彼女達を支えに何とか自分の足で立った。もう一度、絢が大丈夫かと問うたが、彼女には聞こえていないようで、そのまま覚束ない足取りで玄関まで辿り着き、真奈美達に中へ入るよう促した。
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