転ぶと死ぬ村

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転ぶと死ぬ村

 夢を見る。これは夢だとはっきり分かる夢。そこは見たことの無い山奥にある村で、いつも何人かの着物姿の子供達が「遊ぼうよ」と誘ってくる。あどけない子供達の声や弱い力で手を引いてくるその姿は、本当に可愛らしくて思わず童心に帰り、一歩、踏み出した。視点が低くなり、さっきまで小さかった子供達と同じくらいの背丈になったのだと分かった。「何して遊ぶ?」と訊かれ、かくれんぼや花いちもんめで遊んだ。それが凄く楽しくて仕方がなかった。  誰かが「鬼ごっこやろう」と言い出した。返事はもちろん「やろう」で、さっきと同じようにきゃあきゃあ声を上げて逃げ回った。鬼の子に捕まりそうになって、咄嗟に反対方向に逃げようとして、滑って転んでしまう。痛む膝を見ようと片足を立てたところで、いつの間にか遊んでいた面々に取り囲まれていた。全員何か呟いている。よく聞いてみると―― 「転んだ」 「転んだ」 「転んだ」 「転んだ」 「転んだ」 「転んだ」 「転んだ」 「転んだ」  皆一様に全くの無表情でずっと同じことを呟いている。恐怖を感じたその時、私の意識は暗く―― 「それで朝起きたら、その人、死んじゃってたって話」 「いや、おかしいだろ」  昼休み。いつもの面々で弁当を食べているところに飲み物を買いに出ていた絢が戻って来た途端、喜色満面で「めっちゃ怖い話聞いちゃった」と言って話したのがこれだ。その話のタイトルは『転んだら死ぬ村』。また色々ツッコミどころが多過ぎる。今回ばかりは怖がりの直樹ですら呆れ顔で指摘した。 「いや、なんで夢見た本人死んでるのに、話が伝わるんだよ」  それに負けじと、絢は反論する。 「いや、過去に同じ夢を見て助かった人だっているんだよ」 「んじゃ、仮に三人その夢を見てそのうち二人が夢ん中で死んだとして、現実でも死んだかどうか発覚する確率どんだけだよ。ほぼ無いだろ。その三人が親族でもない限り」 「じゃあ、親族だったんじゃないの?」 「いや、仮に親族だったとしても、そんな変死事件、ニュースに取り上げられてないのはおかしいだろって!」 「あたしに言わないでよ。あたしはただ、そういう話を聞いたってだけ。それにさ、あんまり嘘話って最初から決めつけるのもどうかと思うけど?」 「どういうことだよ?」  そこでいきなり綾はびしっと人差し指で涼佑を指した。指された本人は絢の勢いに驚いて、びくっと身を震わせる。 「ここのとこ、涼佑に巫女さんが憑いてから、今まで縁が無かった怪異に皆遭ってるでしょ? それって、巫女さんが引き寄せてるとも考えられない?」 「おい、やめろよ。怖いこと言うな。今夜おれの夢に出てきたら、お前責任取れよ」 「自己責任系の話はやめろ」と自分の耳を両手で塞ぎ、泣きそうな顔で訴える直樹に、真奈美がそっと助言する。 「大丈夫だよ、直樹君。もし、見ても転ばなければいいんだから」 「その自信があったら、最初からこんなにビビってない訳よ。真奈美」  絢の台詞に「そうなの?」と返す真奈美。確かに彼女の言う通りだが、果たして助言通りにできるかと問われると、皆自信は無いようだった。ここにいる全員、特別体幹を鍛えている訳でもないから尚更だ。 「でも、夢の中ってのは結構ネックじゃん? 大抵、自由に動けないし」 「おれ、動けた試し無いわ」と零す直樹に涼佑も「確かに」と同意する。夢の中での怪異なら、普通の人間ではどうしようも無さそうだ。弁当に入っているだし巻き卵を一つ食べてから絢が言う。 「そう言うけど、その夢を見ている時は必ず明晰夢になるらしいよ」 「なに? 何む?」 「明晰夢。これは夢だってはっきり分かる夢のことよ。あの村に行くまで明晰夢を一切見たことが無い人でも、あの村に行く時は絶対に明晰夢になるんだって」 「んで、その村に行って転んだら死ぬって?」  そこで直樹は天を仰ぎ、深い溜息を吐いてから顔を元に戻して言った。 「理不尽か?」 「怪談ってそういうもんでしょ」  絢が言ったことを受けて、そういえばと涼佑はつい先日のことを思い出す。先日、正確には先週のことだが、鹿島さんと遭遇し、解決した日のことやもっと前の望とのことも思い出す。これまで出会った怪異を思い返してみると、涼佑は少し納得した。怪異は理不尽な性質を持っていて当然だと。そこに込められた人の思い自体がそういうものなんだと思った。  食べ終わった弁当箱をしまいつつ、涼佑は思わずぼそりと零した。 「厄介なのは、ただの怪談が怪談で終わらないとこだよな。巫女さんと一緒にいると」 「当たり前だろ。私だぞ」  彼女と一緒にいるだけで、これからも怪異に遭遇するのかと思うと、涼佑は一刻も早く自身にかけられた呪いを解きたいと思わざるを得なかった。そんな彼の憂鬱を露知らず、傍らにいる巫女さんは呑気に涼佑が用意したお供え物のおにぎりを頬張っていた。ちなみに昆布である。 「涼佑君の言うことが本当なら、巫女さんが私達と一緒にいる時点で、多分、その夢も実際に体験するんだと思う。早ければ今夜辺りに。……生き残れたら、また集まって報告しよう」 「『生き残れたら』ってフレーズ止めてください……」  まさかこんなに早く、しかも日常生活の中で命の危機を感じることになると思っていなかった様子の直樹は、力無く項垂れて意気消沈した。と、その時、一同に声を掛ける者が一人。夏神だった。今日は弁当なのか、緋色のバンダナの包みを持っている。彼がにこやかに近付いてくると、すかさず直樹が臨戦態勢になった。感情が忙しいな、と涼佑は苦笑する。 「なんだよ、また何か小言言いに来たのかよ」 「小言? 僕はそんなこと言った覚えは無いんだけどなぁ」 「参ったな」と困ったように笑うその姿からは、あのじっとりとした嫌なものは一切感じない。涼佑は彼の真意を見極めようとじっと見つめるが、不思議そうな顔をされただけでよく分からなかった。夏神に相変わらず威嚇し続けている直樹は、唐突に何かを思い出したのか、はっと我に返ってにやにや笑いを浮かべて言った。 「そういえば、あの勝負。おれらが勝ったな、夏神。あの時、お前いなかったもんな!」 「残念でしたぁ~! おれらの勝ち~!」と手を叩いて喜ぶ直樹を見て、絢が「子供か」とこの場にいる全員の代弁をしてくれる。しかし、次の夏神の言葉で形勢は逆転した。 「ああ、その勝負か。だったら、ごめんね。それは僕の不戦敗だよ」 「な、なんだよ。負け惜しみか?」 「もしかして、夏神。お前、また……?」 「うん、ちょっと体調が良くなくて。学校に来れる時はなるべく来るようにしてるんだけどね」  心底申し訳なさそうに謝る夏神に、さすがにばつが悪くなったのか、直樹はあからさまに喜ぶようなことはせず、「本当に大丈夫なのかよ?」と心配に変わった。それに「ありがとう」と返す夏神。だが、直樹は慌てて弁明のようなことを言い出した。 「いや別に心配してるとかじゃなくて!? こ、こっちとしてはその……張り合いが無ぇからさ! ってか、お前体弱すぎだろ。ちゃんと飯食え!」 「今から食べるんでしょうが」 「ふふ。面白いね、君達といると飽きないなぁ」  今のところ、夏神に変わったところは無い。あの嫌な感じは嘘だったのかとも思った涼佑だったが、傍らにいる巫女さんが終始夏神を警戒しているような目つきで睨んでいることから、やはり警戒するべき存在なのかと表情には出さなくとも、心中でずっと戸惑っていた。  それから談笑しつつ、食事を済ませた夏神は「先に教室戻ってるね」と手早く弁当箱を元に戻して立ち上がる。その際、直樹へ向かってにこやかに手を振りつつ、「次も頑張ってね」と声を掛けて去って行った。その言葉で『転ぶと死ぬ村』のことを思い出したのか、直樹は「んああっ! そうだよ、忘れてたのにぃっ!」と心底嘆く。付け焼き刃の対策を考えようとうんうん唸り始めた直樹を放置して、涼佑は去り際に夏神が放った一言が引っかかっていた。 「『次も』……?」  その疑問に答えてくれる存在はもういない。 「頼むぅ……時よ止まれぇ……」と自分の席に突っ伏す直樹の願いも空しく、それでも時間というものは残酷に過ぎていった。放課後になってしまえば、半分諦めがついたようだが、涼佑と別れる間際まで直樹は駄々っ子のように「寝たくない!」と渋っていた。一度、今日だけ徹夜すればいいんじゃないかという希望は、すかさず横入りしてきた巫女さんの一言で打ち砕かれる。 「今日徹夜しても、翌日の昼間、眠くなって寝れば、やって来る。その時は一人で対処せにゃならんぞ?」  この一言ですっかりビビりの直樹は、今夜寝ない訳にはいかなくなった。周りの誰もが起きている時間帯にたった一人で悪夢に立ち向かうなんて、割に合わない上に一人で対処できる気がしないと主張する。よくよく考えてみれば、それは今夜見る夢も結局は同じことなのだが、気持ちで違うものだ。何より直樹を恐怖させたのは、賑やかな教室でたった一人ひっそりと死ぬことだった。穏やかな時間が流れる中、自分だけがその中で死ぬなんて、絶対に嫌だった。だからこそ、巫女さんの一言に「ぐぎぎぃいい」と歯軋りでもしているような呻き声を上げて、徹夜の誘惑に耐える。 「――そうだよなぁ。おれ一人で死ぬのは嫌過ぎるな」 「お前は何だかんだ言って生き残ると思うよ。オレは」 「うるせぇわ」 「死ぬよりはいいだろ」 「ま……まぁ、確かに。そうだけどさぁ」  未だどこか納得していない直樹を置いて、涼佑は巫女さんに確認してみる。 「やっぱり、今夜早速来るのか? 巫女さん」 「恐らくな。これからは私の許に怪談が届いた時点で十中八九来ると思っていた方が良い。私の存在は大なり小なり確実に『呼ぶ』」 「呼ぶ、ってのはつまり……」 「私の存在は霊の世界ではそこそこ有名らしくてな。知名度というのもあるが、それより効いているのは『私の存在そのもの』だろう」 「存在そのもの?」 「私自身が霊や妖怪を養分としているから、奴らが集まりやすくなるよう長年掛けて『噂』をばら撒いた。その『思い』を辿って私のところに来る、という訳だな」 「できれば、呼ばないで欲しいんだけど……」 「そりゃあできない相談だ。それに、あれだ。涼佑。考えたんだが、私の霊力が高まれば、お前の呪いも解けるかもしれないぞ」 「だよなぁ。…………えっ!?」 「うおっ!? びっくりした。何だよ、涼佑。急にデカい声上げんな」 「ご、ごめん。――巫女さん、どういうこと?」  彼女の説明によれば、このまま他の霊や妖怪の霊力を取り込み続けていれば、いずれ望の霊力を上回り、呪いが解けるかもしれない、という話だ。確実な手とは言えないが、今の涼佑はそれに縋るしかない。彼女の力となるなら、あの『鹿島さん』も少しは報われるかもしれないと、涼佑は思わずにはいられなかった。  彼女の霊力が望を上回らなければ、呪いは解けない。それは分かっているのだが、それとは別に、やはり怪異とそう頻繁に関わりたくないなと涼佑は思う。思うだけで何の効果も得られないのだが、思わずにはいられなかった。
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