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ニ.瀑声
二十歳の夏、執筆途中で行き詰まったラノベのネタでも探そうと、俺、二宮陽星は、西表島に来ていた。
然して俺は、そこで人生を変えられたのだ。
浦内川をクルーズ船で上り、辿り着いた軍艦岩なる船着場で下船、そこから往復一~ニ時間程度のトレッキングを堪能する観光コースに赴いた。
昼間とは言え鬱蒼と生い茂り薄暗い原生林、いかにもヤマネコケモミミ少女などと出会えそうな雰囲気。
そこから始まる物語は如何に、などと一人思い耽りながら歩みを進めると、ふいに景色が開けた。
その展望台から、高さ数メートル程度の幅広な瀑布が幾つか連続して白泡を輝かせる、美しい川が眺望される。
あれがマリユドゥの滝か。
足を早め、滝を目指す。
この滝は、川まで降りて間近で見ることができるのだ。
細く足場も悪い山道を、息を切らせながら上り、下り、やがて森を抜けると、広く平らな岩の上をざぅざぅと水が滑り落ちる、非日常的な空間へと降り立った。
連なる平岩が雄大な階段を形成していて、その一段一段が滝となっているのである。
滝と言えば高さや幅といった数字をもって比較評価しがちだが、そんなものさしでは測れぬ明媚もあるのだと痛み入り、大自然への畏怖と感動を得、来て良かったと素直に感じた。
恐る恐るも水際に歩み寄り、小石などを投げ込みながらまた構想などに浸っていると、どこからか楽器のような音が響いてきた。
上流下流を見回すと、川を作る平らな岩の上には大きな岩が点々と転がっていることに気付く。
音は上流側から聞こえ、耳を澄まし目を凝らしながら上流へとにじり行くと、直径五メートルはありそうな大岩が現れ、どうやって上ったのか、その岩の上には若い男女が腰を下ろしていた。
フェアリー的なイメージが湧く中、
「ねぇ響樹、次はあれ歌ってよ、結婚式で演ったオリジナルのやつ」
女が足をぶらぶらさせながら男の脇をつつく。
「あぁ、『君道』?いいけど」
男は少し照れ臭そうに微笑むと、空に向かって歌声を響かせ始めた。
なるほど、さっきの音はこいつの歌声だったのか。
俺がいることに気付いているのかいないのか、こんな所でいちゃいちゃと歌うなど……なかなかやるな、異世界性高いな。
っていうかめちゃくちゃ上手いけど、プロの歌手か?
いや……違う……。
本当に上手いのは、歌詞の方だ。
こんな少ない文字数で、こんなにまで端的に鮮烈に文学的に情熱的に心情を描写表現できるものなのか。
オリジナルって言ってたけど、マジでプロか?
すごいな……俺が小説で三万文字ぐらいかかって描くような話を……。
詞って、すごいな……。
雷に打たれたように硬直している俺など目にも入らぬ様子で、男はやがてそれほど長くは無いその歌を終えた。
そして女に口づけなど送ると、手を握りエスコートしながら並んで岩を降り、何処かへと去って行った。
後にはざぅざぅと川音だけが残り、未だ動けぬ俺を包む。
詞、か……。
そうだよな、文章がちょっと上手く書けるからって、必ずしも小説家にならなくていいんだよな。
アニソンだって、OPとED、二つ分だけの歌詞で、充分作品の世界を表現できてる。
なるほど、詞ね……。
ひとりごちながら、俺は船着き場に戻る道へと足を踏み出した。
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