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四.核音
央田響樹は、妻と小学ニ年の娘と共に、カラオケに来ていた。
響樹が歌い終えると、うっとりと聞き入っていた娘が立ち上がり、大きな拍手を送る。
「次、これ歌って!」
「ん、いいよ」
もう一曲、終わるとさらにまた一曲。
娘のリクエストに応えて響樹は歌う。
と、ふいに扉が開かれ店員がドリンクを持って現れた。
扉の向こうには、室内を覗き込む人だかりができている。
それをちらりと横目に誇らしげな顔で見やってから、娘は受け取ったオレンジジュースのストローに口をつけた。
「じゃ、ちょっと休憩」
響樹が娘の隣に腰を掛け烏龍茶を手に取ると、
「じゃ、その間にあたしが歌おうかな」
妻がマイクを持って画面に向かった。
少し昔の恋愛ソングが響く中、娘が父に顔を寄せる。
「パパ、そんなに歌上手いのに、なんで歌手にならなかったの?」
響樹は娘の頭を撫でると、
「歌が上手いからって歌手になる必要はないだろ?
歌手ってのは安定しないし、ライブツアーとかやったら長らく家にいないだろうし。
それよりも、パパは家で心那と美乃利と一緒にいる方が幸せだな。
いいじゃん、歌の上手い市役所職員ってことで」
微笑みながら、妻の歌にハミングでハモりを重ねた。
「でもさぁ、小さい頃は歌うお兄さんになりたかったんでしょ?」
「いやー、パパ、ダンスは苦手なんだ。
あれは選ばれし神だな、歌い人の一つの頂点だと思うよ」
「私は体操するお姉さんになりたかったのよー」
歌い終えた妻が、軽快な身のこなしでポーズを決めながら振り返った。
「いいコンビだね」
妻が響樹の手を取り立ち上がらせ、肩を組む二人を、娘が羨ましそうに見つめた。
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