決議案可決、追放処分を命じる

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決議案可決、追放処分を命じる

 黒のニットの袖は手首まであるのに、白のスカートは膝上までで、シースルーの靴下に濃い緑色のヒールを履いている。今日も、ぼくと目が合うと、微笑んでくれた。もちろん、ぼくだけではなく、周りの男子たちみんなにそうしている。  もう彼氏がいるというのに、こうして、あざとく接してくるのだから、彼女のことを「悪女」だと、心の中で思ってしまう。だけど、その掌で転がされたいという欲求が生まれるのも、ぼくにとっては自然なことだった。  彼女の底知れない魅力は、容姿やふるまいだけではなく、ぼくたちの住む世界とは別のところから来ている、ということにもあると思う。人知を絶した能力が、生まれながらに(そな)わっている。彼女は、褐色のエルフなのだ。  しかし不思議なのは、彼女が褐色のエルフであるということを認識できていたのが、ぼくだけだということだ。そして彼女は、ある時まで、それを知らなかった。みんな、人間として扱ってくれていると思っていたらしい。 「わたしの耳、見えてるんでしょう?」  なんとぼくは、この地球に稀にいる〈見えるひと〉なのだという。で、そうした人に会うのは、彼女は初めてだったらしい。そして〈見えるひと〉に出会ったら、〈ある対処〉をするように、彼女の故郷である、エルフの森では、教えられているとのことだ。 「わたしは、不本意だけど、あなたと結婚しないといけないの。エルフだと、見破られてしまったから……」  そしてぼくも、エルフの森に連れていかれるらしい。いや、ぼくだって、不本意なんだけど。 「前の彼氏みたいなのがタイプなのに、よりにもよって、なんでこんなやつと……」  彼女は頭を抱えてしゃがみ込んだかと思うと、バッと立ちあがって、ぼくの肩を(わし)づかみにし、早口でまくし立ててきた。 「彼氏にフラれたことだし、もうヤケクソ。あなたをいいように使って、悠々と暮らしてやるから。召使いみたいにね。もちろん、他のエルフと不倫もするから。じゃあ、行きましょう。ここに魔方陣を描くから、教室からチョークを取ってきて」  ごめんなさい、お父さん、お母さん。突然の今生の別れとなってしまって……ぼくは、エルフの森で使役(しえき)されながらも、なんとか頑張って暮らしていきます。      *     *     *  三年後、ぼくたちの結婚式が開かれた。ささやかな式となった。列席しているのは、ぼくの知り合いばかりで、彼女の花嫁姿を見ることができたのも、ぼくと関わりのある人たちだけだった。  エルフの森を追放された彼女は、冬には連日大雪が降る、寒さ厳しい、日本海を(のぞ)む漁村で、ぼくとぼくの家族と暮らすことになった。だけど彼女は、それを不本意なことだとは思っていないらしい。  だから、ぼくたちは永遠の愛を誓い合った。  式がはじまる前、二人きりになったとき、ドレス姿の彼女は――アンナは、目を細めて微笑み、「どう?」とためらいがちに(たず)ねてきた。 「眼をそらさないと、どうにかなってしまいそうなくらい、綺麗だよ」  本当にそうだった。ちらりと横目で見ると、手を口に当てて、くすくすと笑っていた。 「でも、永遠の愛を誓うときは、わたしの眼を、ちゃんと見てくれるでしょう? ねえ、だったら、練習しましょう?」 「練習?」 「そう……」  アンナは立ちあがると、ぼくの頬に手を当てて、ゆっくりと、自分の方へと振り向かせた。ぼくは彼女の、気高く美しく凜々しい眼を見つめた。  そっと、熱っぽい口づけを交わした。      *     *     *  【カタミ村のA、無許可での人間界への再訪】(議事録、文書番号略)  議長 ドゥーズ村長(ドゥル村)  全ての村長による答弁が終了したため、本件の決議案に対する投票を行なう。 賛成……ドゥル村、コフ村、ハマン村(……)他三十六の村 棄権……カタミ村 反対……なし  議長 ドゥーズ村長(ドゥル村)  投票の結果、賛成多数により、決議案を可決する。  【決議】 一、Aをエルフの森より追放する 二、Aのエルフとしての能力を全て剥奪する 三、Aを人間と同等の扱いに処す 四、カタミ村が、Aの家族、及び親族に適切な対処を施すよう、懲罰委員会は勧告する (…) 九、本件のような事案が、今後生じないよう、徹底した規律管理を、カタミ村に要求する 十、特に、エルフの森に移住した人間による犯罪に対して、適切な対抗策を講じるための法整備を進めるよう、警告する      *     *     * 「ねえ、アンナ。この生活が、ずっと続くことになるけど……」  アンナは、ぼくの言葉を(さえぎ)って、暗がりの中に優しい言葉を馴染(なじ)ませる。 「あなたが何度も話してくれたとおりに、ほんとうに素敵な場所だった。だから、ここに来ることに決めたの」  荒々しい波の音が響く、震えるように寒い夜でも、ふたり手を繋いでいれば、日だまりにいるように温かいらしい。  〈了〉
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