言葉

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「言葉」 それはときに人を喜ばせる。 それはときに人を感動させる。 そのはずだ。それなのに。 自分が紡ぐ言葉はなぜか相手を傷つけてしまう。 自分が気付かぬうちにその言葉は牙を持ち誰かの心を傷つけてしまう。 いつからか僕は誰かと対話をすることが怖くなった。 自分の思いが、考えがうまく伝わらないことが酷くもどかしかった。 逆も然りだ。 誰かがきっと悪意を持って紡いだ言葉ではないのだろう。 しかしそれは僕にとってはナイフで刺したかのようにグサリと僕の心を痛めつける。 いっそのこと言葉なんて無ければいいんだ。 誰かの放つ言葉なんて聞こえなければいい。 僕はそう思い、目を閉じて耳を塞いだ。 怖かった。 また誰かを傷つけることが、 誰かに傷つけられることが。 そんなことになるならば一生言葉のない世界で生きていたい。 そんな時だった。 彼女は私が耳を塞いでいた手を外すように手を取った。 それは 「大丈夫だよ。目を開けて私のことを見て」 と伝えてくれるようだった。 僕は少し逡巡しつつも目をゆっくりと開けた。 彼女は優しい笑顔を僕に向けた。 彼女は何も言わなかった。 ただ優しい笑顔を僕に向け、静かに僕の瞳に自分の姿を映すだけだった。 言葉にしなくても僕には彼女の優しさが伝わった。 だけど、僕のこの気持ちはきっと言葉にしなければ伝わらないんだ。 「………っ」 声を出そうとする。 しかしそれは息となって空に消えていく。 僕はもう一度目を閉じた。 そんな僕を彼女は優しく抱きしめてくれた。 目の奥が熱くなる。 僕は温かい涙(それ)が流れぬように強く目を閉じた。 彼女のその行動はまるで、僕が彼女に伝えたかった言葉を伝えてくれるようだった。 とんとんと背中を叩いてくれる。 それは僕の心をとても癒してくれた。 僕はもう一度彼女の瞳を見つめようと少し離れた。 そして声をにする代わりに、親指と人差し指を開いてアゴの下に当て、その指を閉じながら下げて見せた。 彼女はそれを見るととても笑顔になった。 そして、僕と同じ仕草をして見せてくれた。 今度は僕の方から彼女を抱きしめた。  思い出した…… 今、僕たちの世界に声はない。 だけどそこに確かに言葉はある。 声として伝えなくても 手話として ふれあいとして そこに相手に伝えるべき言葉がある。 時に人を傷つけてしまうことはあるかもしれない。 だけど… 本当に大切な誰かに伝えたい言葉。 "ありがとう" "好きだよ" "あなたのことが大切だよ" "一緒にいられて幸せです" そんな素敵な言葉たち。 声にするのは、文字にするのはちょっぴり難しいかもしれない。 だけど、言葉にしなければその想いは消えてしまう。 直接の言葉じゃなくてもいい。 手をとって、笑顔で、その人に向き合ってみればいい。 きっとその想いは相手に届くはずだから。 「ありがとう。大好きだよ。」 この声が君に聞こえたらいいな。 彼女はニコリと笑い親指と人差し指を開いてアゴの下に当て、その指を閉じながら下げてみせた。
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