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「遊女たちにも、本当に惚れた男と一緒になりたくてもなれない者がいるってことさ。お梗ちゃんだけじゃない。望まぬ身請けで吉原を出て行った者も多いんだよ」
お須津の言いたいことが未だに判らず、凛も夜空を振り仰ぐ。星光とともに三日月が、中空で悲しげに光っているように感じられた。
「この仕事をしているとね」
お須津は、吐息と共に言葉を絞り出す。
「あんたたちにこの気持ちが判るのか! って言われるんだよ。情人が次はいつ来るのか判らない、なのに借金返済のために身体を売らなきゃならない。それがどんなに辛く惨めなことか、あんたに判るのか! ってね。凛はどう思う?」
「知らないよそんなこと、って思いますね。借金を作ったのは親でしょうけれど、それを子が返さなきゃいけない理不尽。とどのつまり、借金をこさえた親が悪いんじゃないですか? それに情人を繋ぎ止めるべく文を送るのも遊女の仕事。努力を惜しんでいたら折角の情人も足が遠のくのでは?」
「お前って子は……まぁ売られてくる子たちの殆どが、そういった事情を抱えているけれどね。それにしたってお前は」
お須津は憮然とした表情になり、やがて小さく息を吐いた。
「お梗ちゃんにも同じ台詞を吐けるのかい? そんな能面で、心を凍らせるような冷たい声音で」
「そ、それは」
咄嗟に返事が出来なかった。正直言って凛にとってお梗以外の遊女の事情など、知ったことではない。
「お前のその心がけは、首代や楼主にとって必要な亡八そのもの。だけどね、徹底しなさい。誰か一人だけ贔屓にするなんざ未熟者のすることだよ。言っている意味が分かるね?」
不安を心に秘めながらも、これが自分のさだめと、この十年で受け入れたお梗を特別視している凛。仁義礼智信忠孝悌の八徳を忘れることが、この吉原を統治する一族に生まれた者として心得ておかねばならぬこと。そこに例外はない。お梗ひとりだけを依怙贔屓する凛の心根に、お須津は一抹の不安を抱えた。
「私がお梗姉さまに固執していると?」
「将来お梗ちゃんが身請けされるとき、お前は相手の男に対して冷静でいられるかい?」
「その時になってみなければ、判りません」
「凛、わたしの後継者はお前しかいないんだよ。お梗ちゃん――いや若駒太夫に執着するのは止めなさい。彼女はもう高級遊女になったんだ。お前の幼馴染みではない。この吉原を背負って立つ太夫のひとりになったんだ、お前もいい加減に割り切っておくれ」
「……善処します」
蚊の鳴くような声で答えるのが、今の凛には精一杯だった。兄夫婦が祝言を挙げ、義姉になるはずだったお梗は水揚げをされ本格的に太夫として独り立ちをする。もう二度と交わることのない運命の糸。凛は夜風に身を任せながら、小さく溜息を吐いた。
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