泥中の蓮

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 (あかり)が入った吉原遊廓は、そこだけが夢幻のように浮かび上がった。大門を一歩くぐれば、そこは桃源郷もかくやと思われる色里。百挺近くもの三味線が一斉にかき鳴らされ武士も町人も関係なく、紅殻格子の向こうに現れた艶やかな遊女たちと他愛もない戯言を囁きあっていく。この三味線の音を清掻(すがが)きといい、振袖新造たちが吉原の営業が終わるまで絶えることなくかき鳴らす。  見世(みせ)のあちこちに遊女たちが並び出す。艶やかに化粧をし着飾った彼女たちは、思い思いに秋波を送って客たちを誘惑する。客に惚れさせるのが遊女の仕事。客の方も遊女のまごころなどない擬似恋愛に、敢えて応えてみせるのが粋な遊び人として喜ばれた。  しかし、遊女とておなご。  真剣に惚れた情人(いろ)ができれば、(くるわ)の楼主や内儀は気を尖らせる。足抜けや心中など起こされてはたまったものではない。番頭新造や遣手が目を光らせるのは、遊女の動向だった。思い詰めた表情をしていないか、普段と違った様子を見せていないかなどを見極めるのも重要な仕事だった。  鼻の下を伸ばし、気に入った遊女を指名する客たち。今夜もそんな脂下(やにさ)がった面を晒した男たちが、灯りに群がる蛾のように紅殻格子に集まりだした。 「お兄さん、少うし遊んでいきんせんか? わっちと夢を見んせんか?」 「いい男でありんすね、わっちを一夜の妻にして下さないな」  あちらこちらで遊女たちが、道行く客たちに粉をかけていく。早々と敵娼(あいあかた)を見つけた客が現れ始めた。そんな男女の睦言めいた会話を聞き流しながら、男装の少女剣士――(りん)は仲の町通りを闊歩する。その後ろには首代の若衆が付き従い、客が遊女たちに無体を働こうとしていないか鋭く殺気を飛ばす。 「お嬢、急ぎませんと」 「そうね、材木問屋の大旦那がいらしてしまうわ」  不審者がいないか目を凝らしていたが、今夜は大事な用件がある。凛は小さく咳払いをすると目的の店へと急ぐ。
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