泥中の蓮

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(淳之介夫婦がこの店を乗っ取る前に、決行せねば)  泰造の存命時から胸に秘めていた計画を、与平はその夜に決行した。一人で義父と夫の冥福を祈ってから床に就いた未亡人の部屋に、不意に人の気配が漂った。 「誰ですか?」  掛け布団を胸元まであげ、いつでも立ち上がれるよう膝立ちになる。 「お内儀(ないぎ)さん、こんな夜更けに申し訳ございません」 「与平? 一体なんですか非常識な」 「お内儀さん、あっしは以前からずっとあんたのことが――」  次の瞬間、襖が大きく開き与平が入ってきた。未亡人は驚愕し立ち上がろうと足に力を入れる前に、番頭に組み敷かれてしまった。隣の部屋で眠るお梗が目を覚まさぬよう、眠り行灯の中に眠り薬の粉末を注ぎ込むという徹底ぶり。抵抗する未亡人を組み敷き、強引に身体を開いて己が欲望を注ぎ込んだ。 「お内儀さん、既成事実が出来ちまいやしたね。亡き大旦那様や旦那様の位牌の前でなんて、あんたも同罪ですぜ」 「そ、そんな! お前が無理矢理に」 「諦めてあっしと所帯を持って下さいな。そうなればあんたは住み慣れたこの家を出ずにすみ、淳之介さんたちにこの店を譲らずにすみますぜ」 「お前の目的は、最初からこの店を乗っ取ることだったのかい? わ、わたしを手籠めにして」  顔を真っ青にさせ、唇を震わせて未亡人は蚊の鳴くような声で訴えるも、与平は鼻で笑う。 「最初は拾って下さった大旦那様や、旦那様への恩返しに働き抜きましたよ。お内儀さんが嫁いできてからですぜ、あっしが人の道を外れる思いを抱いたのは」 「けだものが!」  寝間着の前を合わせ、高枕を掴むと力一杯投げつける。それを予想していたのか与平は容易く避けると、もう一度未亡人を組み伏せ、悪鬼の如く邪悪な笑みを浮かべた。 「もう諦めなよ。あんたはあっしに身を許した。どんな形であれ。そこは認めなさいな」 「……お梗は、あの子はどうするんだい。西田屋さんの跡取り様と婚約が調っているんだよ」 「女の子なら行き先があるじゃないか。幸い、あの子は幼いながらも美形だ」 「まさか、お梗を売るって言うのかい? あの子を遊女にするって魂胆なの?」 「実父が亡くなったばかりで番頭だった男が継父となったら、いくら幼くとも気分が悪いだろうさ。幸いここは公許遊廓。女の行き先には困らない」  にやりと底意地の悪い笑みを浮かべた与平に、未亡人は裏の顔を見せつけられて、背筋にミミズが這うような嫌悪感を抱く。こんな男に力尽くで身体を開かされたのかと思うと、亡き夫に申し訳ないやら口惜しいやらで涙が出てくる。
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