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歌う猫
「ありがとね」
その声に、私は飛び上がった。
飛び上がって、そのまま尻もちをついた。
「どーもどーも」
声の主は、私に体を寄せて擦り付けた。
「ッひ…」
「自分でも頑張ってはいるんだけど、昨日保健所が来てさ、ネズミ駆除しちゃったもんだから」
「ヒッ…ヒー!」
すると、足元にいた子供が顔を上げた。
「オバチャン、もっと」
「オバチャンじゃない、オネーサン!」
「xtぅxtぅ」
「オネーサン、もっとちょうだい」
私は腰を抜かしたまま、声にならない悲鳴を繰り返した。
こ、言葉が聴こえる!!
「アンタ、食べ過ぎよ。そんな食べなくても次は花柄さんが来るでしょ」
「でもコレ美味しいんだもん。ねぇ、もっとちょうだい」
子供は、私の手元をフンフンと嗅ぐ。
無いと見るや、私の腹の上に乗っかり、顔を覗き込むように伸び上がった。
「もっとちょうだい〜!」
「ホラ、止めなさいって。花柄さんが来たわよ。こんばんわ~花柄さん」
牛のように大きな体格で、花柄のワンピースを着たオバチャンが、こちらへやって来た。
「ゴンバンワ」
と、濁った低音ボイスで挨拶される。
「ご、ご、」
「疲れデまズ?」
私が道路にベッタリ座り込んでいるもんだから、そう思ったらしい。
「あ、あ、あ、の…」
しかし、元から花柄さんは自分と猫にしか興味がない性格である。
「花柄さんさー、今度このオネーサンみたいなヤツも持ってきてよ」
「ナニ言ってんの。これで充分でしょ」
「アダジ、今度は鮮魚部門に移りだいって言っでんのね?でもマネージャーに『お前みたいな障害者が贅沢言うな』っで言われじゃっだ。コレッで、役所に言った方が良いど思う?」
き、聞こえてないのか?
全員が一斉に喋りだした。
「役所の人もざ、私みたいなのが来るど、すごぐ嫌な顔するのもいるがらざ、出来れば行ぎたぐないけど、でもざ、行かないと増々イジメられるだけだがら…」
「花柄さん、すみませんね、いつもいつも。こっちの縄張りは人通りが少ないものですから助かります」
「だから前のトコに戻ろうよって言ってるのに。友達に会いたいよ」
「今月はもう四回目だから、役所の人も出て来てぐれるがわがらないんだげど」
「仕方ないでしょ。ボスが代わっちゃったんだから」
「ぼく、前のところに戻りたいー!」
「もっと大きくなったらね」
私は立ち上がった。
そして、家まで全力で走った。
一人と猫二匹を後にして。
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