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放課後の3年A組の教室に、ピンと張りつめた空気が漂う。今にも雨が降り出しそうな空を、早く決着をつけようか、と思いながら見ている。
机の上にはオセロ盤。盤をはさんで私と泰吾が向かい合っている。
蒸し暑い教室。降ってこなければ窓を開けようと思って、窓に手をかけた瞬間、街を支配する雷鳴に私はしゃがみ込んだ。 「おい、大丈夫か里月」
「うん、びっくりしちゃった。今日は1回戦だけにしよう」
先に席に戻ったはずの泰吾が後ずさりして、机と椅子のガタガタッと動く音。今度は私が駆け寄る番。
「どうしたの泰吾、そんなに驚いて」
口を鯉のようにパクパクと開き、今にも泣き出しそうにオセロ盤を指さしている。
私も腰を抜かして床に座り込んだ。さっきまで盤面は、緑色に黒線の普通のオセロ盤。それが急に、緑と黒線の盤面全体に人の顔が映っている。私は腰を抜かしたまま、床を這って来る泰吾と視線が合った。そして、お互いに俯いてしまう。
「2人とも久しぶりだね」
言葉を発せずに、ただただ頷く私たちは膝を抱えて俯いていた。
「ほら、早くオセロの勝負つけないと、大雨で帰れなくなるよ」
声の主は、オセロ盤に黒2つ白2つを並べる。
「なの勝手に並べてるんだよ遥歌」
「ほら、早く向かい合って座りなよ」
遥歌は細桑遥歌。私、遥歌、泰吾、泰吾と双子の恭吾は幼なじみ。遥歌が何かのサイトで出会った大学生とドライブに行き、命を落としたのは3か月前の大雨の日だ。
ゆっくりと立ち上がって泰吾と向かい合う。
「遥歌、消えてくれないかな。集中出来ないから消えてほしい。勝負を遥歌の顔を見ながらなんて出来ない」
「消えては失礼だよ泰吾」
フフッと笑いながら私を見つめる遥歌。その後に言う。
「里月はいっつも優等生発言。さすがに変わらないよね。じゃあ泰吾の言ったように私は消えるわ。どうぞごゆっくり」
さっきと同じ、フフッと薄気味悪い笑いをした瞬間、オセロ盤がいつもと同じ緑色に黒線に戻った。
ジャンケンポン
先行は私。だいたい白で勝っているので今日も白を選択。
指が震える。遥歌の声や顔が頭から離れない。いま遥歌は何処にいる? 何をしている? いったい何がしたい?
白が黒をはさみ駒を裏返そうとして、まるで静電気を帯びた時のように指を離した。
「どうした里月、大丈夫か」
私は離した駒を泰吾に見せる。泰吾の顔が引きつっている。私も自分が、どんな顔をしているのか考えたくなかった。
泰吾が私の手の駒を奪い取った。その裏の白い部分の一面に遥歌の顔。
「遥歌、さっき俺の言った言葉、聞こえてなかったのか。もういちど言ってほしいのか」
駒の遥歌を怒りの顔で見つめている。
「消えてくれでしょ、ちゃんと聴いてましたよ。でも、やっぱり消えない」
「どうしてだよ。勝負が出来ないだろ」
泰吾の声が大きくなっていく。私は先生や生徒が来ないか心配で廊下を見る。
遥歌が消えてくれないと、いつまでたっても勝負が出来ない。まさか、遥歌はそうなってほしいと思っているの? 遥歌の魂胆は何?
泰吾の持ち駒全てに遥歌の顔。気にしないように黙々と駒を置き裏返す。相談はしていないけれど、お互いに無言。
ふと、窓を見ると雨粒がいくつも付いてきていた。
結局、遥歌が泰吾の持ち駒に顔を映しただけでなく、はさんでもないのに裏返すというイタズラのせいで私が勝った。
「良かったー、里月が勝って。泰吾が勝つより里月に勝ってほしかったから私」
私と泰吾は、無言で駒を回収して盤に収納する。一言も話さない。その駒にはもう遥歌は映っていなかった。
私は遥歌の言葉がショックだった。優等生発言だと思われていたなんて。変わらないって言っていたから、ずっとそう思われていたのかな。何か虚しくなっていた。腹が立って泣きたくなった。
「おい遥歌、何処に行ったよ、出て来いよ」
泰吾が言うと、姿も言葉も、遥歌の存在が感じられなくなった。しんとした教室を雨音が支配し、私たちは昇降口までダッシュして、まるでさし合わせたように立ち尽くす。
昇降口の後ろの大きな鏡に、遥歌が笑って映っていたからだ。そして、気づいたら外で傘をさして待っている。
「一緒に帰ろうよ。さっきは色々とゴメン。なんか里月が優等生発言しているの羨ましくて。泰吾もゴメンね。里月は恭吾に告白して成功よ、でも私はコイツにふられた。ねっ泰ちゃん」
俯いて黙りこくった泰吾。
「泰ちゃん、別に気にしなくていいよ」
一緒に歩いていた泰吾が、唸るような声で言った。涙声になりながら。
「ふった俺への復讐なのか、初対面の大学生の男と出会って。そいつの写真送ってきて。俺はただ、幼なじみの関係でいたかった。彼氏彼女じゃなくて。だから、遥歌には申し訳なかったって。好きに変わりはない」
その瞬間、傘を投げ捨てた遥歌が泰吾に抱きついた。泰吾も抱きしめる。
「ごめんね泰ちゃん。好きって言ってくれて嬉しかった。里月、恭吾に抱きしめてもらいなよ。またオセロ見るから。もう邪魔しないよ」
「約束しろよ、マジ怪我するとこだった」
「私も心臓止まるかと思った」
3人で無言で歩き続ける。スマホを操作していた泰吾が私にスマホを見せる。恭吾からのメール。待ち合わせのファミレスに来るらしい。遥歌がニコニコして私の両肩を連続でポンポンしてきた。
「良かったねぇ里月。私もみんなといれて嬉しいよ」
ファミレスに先に到着していた恭吾。
「私、ちょっと待ってる。恭吾も驚くと思うから説明してきて」
「何だよそれ。俺と里月は怪我寸前の心臓が止まりそうまで復讐されたんだぞ。まぁいいや、説明してきてやるから里月と待ってろ」
「何なのエラソーに」
マジで怒る遥歌。そんな遥歌に「仕方ないよ。泰吾っていつもそんなんだし」と小声で言った。
「やっぱ里月は優等生発言。ずっと羨ましいままだ。私はずっとその発言を聞いていたかったな。まぁ仕方ないや」
泰吾が手招きする。私は遥歌の手を握って、その冷たさに声をあげそうになったけれど我慢して歩いた。
「よう久しぶり。不成仏の遥歌」
恭吾のデリカシーのない言葉に、私は泣きながら怒った。感情に歯止めがかからない。
「ちょっと恭吾。遥歌に謝ってよ。それ本人が傷つく言葉だと思うよ。色々されたけど、私たち幼なじみでしょ。遥歌の気持ち考えてよ。納得出来ていないのよ、自分の置かれた状況が現在も」
「もうファミレス行かない」
言いながら私は走り出した。大雨の中、泣きながら走った。ただただ、まっすぐに走った。
遥歌の復讐には腹が立ったけれど、恭吾の不成仏という言葉に怒りが収まらなかった。
私を探しに来た3人は、コンビニで買ってきたパンとお菓子を見せた。公園の屋根付きのスペースでみんなで食べた。楽しかった。遥歌に感謝されたし、私も逢えて嬉しかったよ、と気持ちを伝えた。
帰り道、雨の降りしきる墓地の中へ遥歌は消えて行った。
また、オセロ見に来てよ。今度は普通にね。
(了)
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