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…
「マジか…」
駆け抜けた音楽まみれの日々の末…結局俺は今、名もなきただの会社員だ。中学生になった息子が、最近ドラムに興味を持ち教室に通い始めた。
ギターだったら教えてやったのに…なんて笑いながら見守っている。
結局プロには成れずに俺たちは終わったけど、単独ライブも何度かやれたし出会いにも恵まれた。だから、全くもって未練はない。
バンドとバイトに明け暮れた青春時代に後悔は一つもない。
やり切ったって思えてる。
「ヤベェな…」
くっそ恥ずかしい真っ直ぐすぎるラブソングがテレビの中から聴こえてくる。
『俺の原点なんです』
日本どころか世界からも注目され始めている新進気鋭のシンガーソングライター矢吹凪が笑っている。
『俺の両親がこの曲をすごく好きで…この曲を聴いて育った俺も、やっぱりこの曲が大好きなんです』
俺たちの曲が、長い時間を経ても未だ誰かの中で流れ続けている…
こんな奇跡みたいな幸せ、あんのかよ。
自分の歌声を聴いて泣く日がくるなんて、思ってもみなかった。
振り向くと、俺の後ろで口元を押さえ同じ様に泣いているエプロン姿の君。
本当に、思ってもみなかったよな。
ずっと一番前で声援をくれていた君の事を想って書いたこの曲を、まさか一緒にテレビで聴く日がくるなんてさ…
「俺、矢吹凪の原点だって」
「すごいね」
泣きながら笑う君を、迷いなくこの曲を口ずさめる君を、今日も変わらず愛しく想うよ。
「…まだちゃんと覚えてんだな」
「忘れる訳ない。一生忘れない…」
そっか…
君の中でも奇跡は続いていたんだな。
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