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美容師・バンドマン・バーテンダー。付き合ってはいけない3Bというものを知ってはいたけれど、何それ偏見じゃん、職業差別じゃないの、なんて軽い都市伝説のようなものだと思っていた。
しかし大学時代に軽音サークルに所属した結果、男女混合のバンドのドロドロの関係性や性に自由奔放なバンドマンを何人も目の当たりにした私は、この先バンドマンと付き合うことはしないと固く決意し、社会人へとなったのであった。
*
「カラオケバー行かない?」
派遣時代から良くしてもらっていて、付き合いも5年は過ぎた職場の先輩に軽音サークルでボーカルをしていた話をしたら、カラオケバーに誘われた。お酒を楽しみながらも生バンドの演奏をバックに客が歌えるバーらしい。
「生演奏してくれるんですか?」
「そうなの。だってボーカルやってたんでしょ?せっかくならカラオケじゃなくて、こういうところで聞いてみたいなぁって思って」
「なんかハードル高い気が……」
「お酒飲むだけでも大丈夫だから。行ってみない?」
「それなら……まぁ……」
連れていかれたバーは繁華街にあって、思ったよりも広くてクラブのような賑やかさがあった。常連と思われる女性客と仲睦まじそうに話す若い男性のバーテンダーを見て、かつて見たバンドマンたちの姿が重なって、警戒する私。しかし演奏のスタンバイをしているバンドマンの人たちは私よりもずっと年上の落ち着いた雰囲気の素敵なオジサマたちで、少し安心したのだった。
「どう?楽しい?」
「そうですねぇ……ライブハウスより落ち着いてて気が楽です」
お酒が進み、職場の愚痴も盛り上がっていた。かつてよく通っていたライブハウスの荒々しい無秩序な空間も、あれはあれで楽しいところはあったけれど、今は落ち着いたバーの雰囲気が楽しく感じていた。私もあの頃よりは大人になったのかな、なんて自分にも酔い始めていた。
「そろそろ歌ってみる?」
「えー?ほんとですかぁ?」
いい具合に酔いも巡り、先輩に乗せられて初めてカラオケバーで歌った。2000年代平成の懐かしい恋愛ソング。聞いていたころはリズムやメロディーの良さで気に入っていたけれど、今は恋愛の歌詞が染みる年齢になっていた。
歌うことはもちろん気持ち良かったけれど、バンドの演奏の上手さによるものも大きかった。軽音サークルで組んだバンドは誰もが余裕がなくて、独りよがりで、歌う私のことなんてちっとも視界にないような演奏だった。でもこバーのバンドのオジサマたちは私のために、私のためだけに寄り添うような心地よい演奏をしてくれた。
「いやぁ、良い声してるね」
先輩が歌っている間にさっき演奏をしてくれたギターのオジサマが隣にすわり、話しかけられた。たぶん一回り以上は年上。白髪は混じっているけれど、現役感というか……何というか、今まで同年代としか恋愛をしてこなかった私の知らない、大人の色気をまとった男性だった。
「ありがとうございます。もう演奏しないんですか?」
「後は若い子がやるよ。おじさんは疲れたから交代」
夜の深い時間は仕事終わりの若い子たちが演奏するらしい。
「昼間はさ、退職して暇を持て余したおっさんたちにギター教えてんの。だからこんなに若い子の歌で演奏出来るのが嬉しいわけよ。こちらこそありがとうね」
「いえ……」
人生経験が豊富で、それでいて若い子も遊びに来るようなバーで働いているオジサマのギタリストことサトウさんの話は、年の離れている私でも面白くて退屈しないものだった。歌い終わった先輩がバーテンダーを相手に飲み始めたことに気付かないくらいずっと、耳を傾けてしまっていた。
気付けば私は先輩にも言えなかった今の彼の愚痴をサトウさんに話していた。話すのも聞くのも上手なサトウさんは私を優しく包み込むかのように話を聞いてくれて、慰めてくれて、共感してくれて――。
「演奏してて気持ちが良いと思った相手はさ……相性良いんだよ」
バーのテーブルの下。繋がれた手。バンドマンでも、こんなに年上の大人の男性なら違うのかな、なんて思い始めていたのに。明らかに年下の、自分より若い女をそんなに簡単に口説く余裕があるのなら。
繋がれた私の手にぶつかる薬指の指輪を、はずすことだって簡単なはずなのに。
「ずるいですよね……」
指輪さえなければ、この手を握り返しても、騙されたって言えるのに。握り返してしまったら、私はあなたの共犯者になってしまう。
「ん?何が?」
絡められた指はギター奏者らしくゴツゴツと固かった。バンドマンはダメだと、それ以上にこの人はダメなのだと、頭では激しく危険信号が出ているのに。隣で余裕の笑顔を浮かべているこの危険人物に唆されるように、私はその手を握り返してしまっていた。
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