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「あなたも知っているでしょう。デュメリー公爵家のリゼット様が、アベルのもとへ嫁ぐことに前向きです。
ただし、リゼット様も男女関係には潔癖ですから、たとえ事実でなくとも、疑われるようなことがあれば、すぐに辞退されることでしょう。あなたには一生わからないでしょう。
この縁談がアベルに、ディノワール家にどれほどの利をもたらすか。些細な醜聞が、どれだけアベルの将来を奪うことになるか。使用人との仲を疑われるなど、恥以外の何物でもありません」
マルグリッドは深いため息をついて、椅子の背もたれに深くもたれかかったまま、どこか遠い目をしながら語り続けた。
「もしも、あなたとアベルになにかあって、それが続くなら新たな悲劇の始まりともなりかねません。
こんな話をあなたにしたくありませんが、私の弟、アベルの父もかつて新婚にもかかわらず平民の娘に夢中になって、子を成したのですよ。男の子でアベルと名付けられましたが、産後すぐに母親とともに亡くなりました。あろうことか弟は、そのあと身ごもった妻の子に同じ名前をつけました。
ことの顛末を出産後に知った彼女の精神が壊れてしまったのは、皆の知るところです。世の中には、妻とは別に女性を囲いたがる男性もたくさんいるのも事実ですが、そのことで苦しむのはいつだって女性のほうなのですよ。
あなたも若いのだから、自分の身の丈に合った人と幸せな結婚をしたほうがいいのではなくて? アベルがあなたに執着しているのは、ずいぶん前から知っていました。相手を思うなら、自分から身を引くのが思いやりなのですよ」
心のどこかでわかっていたことだった。
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