妹は歌う、だから私も

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    「こんにちは! 約束通り、また来ました! 私の歌、聴いてください!」  昼間なのに妙に薄暗い無人ホームを経て、鬱蒼とした林の中を歩くと、蒼香から聞かされた通り、おかしな格好の男たちが集まっていた。  朱美は早速、歌い始めようとするのだが……。 「なんじゃ、お前は?」  聞いていたイメージとは、大きく異なっていた。朱美を迎えたのは、怒気すら感じさせる声だ。これでは萎縮して、歌えなくなってしまう。 「えっ? 私は、昨日の……」  とりあえず、それだけ言うのが精一杯。恐怖と混乱を感じながらも、まだ「昨日の蒼香も、こんな気持ちだったのかな」などと考えるだけの余裕は残っていた。  そんな朱美に対して、男たちの非情な言葉が飛んでくる。 「わしらの目を誤魔化せると思ったのか?」 「神をたばかろうとは不届千万!」 「勝手に我々の領域へ入り込んだだけでも許せんのに、さらにそのような悪さをするとは……!」 「黙って帰すわけにはいかんなあ」  もはや、歌わせてもらえる雰囲気ではなかった。 「あっ、あの……。でも……」  自分でも意味不明の言葉を漏らしながら、朱美は、今さらのように思い出す。  そういえば昔話のこぶとりじいさんでも、二人目のじいさんが新たにこぶをつけられるのは、芸が上手くできたからではなかった。逆に下手だったからこそ、二度と来るなという意味で、こぶを与えられたのだ。  ならば自分も、もう歌えなくて構わないから、ほくろだけもらって帰るべきか……。  心変わりする朱美だったが、現実は昔話とも違っていた。  神を名乗る男たちが、恐ろしいほど(いか)つい表情に変わり、ガバッと大きく口を開く。まるで顔全体が口になったかのような大口であり、人間なんて一口で丸飲みできるくらいだった。 「やっぱり私、こんな時まで、おつまみのピーナッツなのか……」  視界も意識も暗闇に包み込まれる瞬間、朱美の頭に浮かんだのは「もっともっと歌が上手かったら、私の人生は違っていたのかな」という(おも)い。  妹に成り代わる可能性を考えたことに対する罪悪感は一切なく、分不相応なほど自信過剰だったと自覚することもなく、だからこの結末は自業自得という反省も()いてこなかった。  朱美は結局、最期の最期まで、そういう人間だったのだ。 (「妹は歌う、だから私も」完)    
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