妹は歌う、だから私も

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    「あの子、遅いわね」  ふと呟きながら、朱美(あけみ)は、何気なく観ていたテレビを消す。  リビングの壁時計に目を向けると、そろそろ日付が変わる時刻だ。もう一時間も二時間も前に、妹は帰って来ているはずだった。  確かに蒼香(あおか)は今朝、クラスのコンパがあるから帰りは少し遅くなる、と言っていた。でも彼女は、二次会や三次会へ行くような子ではないのだから……。 「何かあったのかしら?」  字面(じづら)だけならば、妹の身を案じる姉の独り言に聞こえるかもしれない。しかしその声の響きには、心配そうな気持ちは全く表れていないのだった。  朱美と蒼香は双子の姉妹で、顔も体つきもそっくりだ。髪の長さまで同じであり、外見的な違いは、蒼香の左の目元にある泣きぼくろだけ。子供の頃、母親の化粧道具をこっそり使い、蒼香がほくろを隠して朱美が描き加えたら、両親でも入れ替わりに気づかないくらいだった。  そんな姉妹が現在、東京のマンションで二人で暮らしている。  妹の蒼香が音大の声楽科へ(かよ)っているのに対して、姉の朱美はそこを落ちたので、一般の女子大の文学部。いわゆる滑り止めの大学だった。  滑り止めならば、わざわざ東京ではなく、地元の大学で十分なのに……。受験の際、朱美はそう思ったものだが、両親が学費や生活費を負担してくれる以上、その意向には逆らえなかった。音大を受験させてもらう条件の一つが、滑り止めも同じ東京の大学にすることだったのだ。  当時のやりとりを改めて思い出して、朱美は、軽く頭を横に振る。  テーブルの上に目をやれば、視界に入ってきたのは、袋ごと置かれているスナック菓子。テレビを観ながら、口寂しいという理由でつまんでいたものだった。  スイーツ系ではなく、ピリ辛の米菓だ。小さくて、やや長細い形で、なぜかピーナッツが同封されている。朱美が好きなのはあられの方だけだから、ピーナッツは不要なのだが、かといって捨てるほど邪魔なわけでもない。仕方がないので、一緒に口に入れていた。    
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