妹は歌う、だから私も

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    「父さんと母さんにとって、私はピーナッツなのよね」  高校時代から歌が抜群に上手くて、将来を期待されていた蒼香。そんな妹を横目に見ながら、妹と一緒の合唱部で、自分なりに努力していた朱美。  おそらく両親は、蒼香には声楽家を目指して頑張ってほしいと思ったけれど、でも東京で一人暮らしをさせるのは心配だったのだろう。だから、姉の自分をセットにしたのではないか……。 「まあ、いいわ。親の思惑がどうあれ、私は私の人生を歩むだけ。でも……」  再び時計を見た朱美の口元には、不気味な笑みが浮かんでいだ。 「……あの子に何かあったら、私が蒼香になろうかしら?」  笑えない冗談が、朱美の口から飛び出した時。  ドアがガチャリと開く音に続いて、妹の声が聞こえてきた。 「ただいま……」 「おかえり、蒼香。遅かったわね」 「うん、ごめん」  そう言いながらリビングに入ってきた妹は、泣き腫らしたように目を真っ赤にして、目元に手をやっていた。 「ちょっと! どうしたのよ、蒼香?」  朱美は慌て声になる。  なにしろ、コンパで遅くなった若い娘が、泣きながら帰ってきたのだ。真っ先に頭に浮かんだのは、酔い潰されて暴行されたのではないか、という下衆な想像だった。でもよく見れば、服装は乱れていないし、歩き方もしっかりしている。ならば、どうやら違うらしい。 「あのね、お姉ちゃん。私……」  言いにくそうな声で、蒼香は目元から手をどける。 「……ほくろ、取られちゃった」  信じられない発言だが、確かに蒼香の顔からは、特徴的な泣きぼくろが消失していた。ファンデーションで隠すことは可能だが、そんな悪戯(いたずら)をわざわざするような蒼香ではない。子供の頃の入れ替わりだって、いつも朱美から提案したものであり、蒼香はあまり乗り気ではない様子だった。 「どういうことよ? ほくろを取られるって、そんな馬鹿な……。わけを話してごらん」 「うん。びっくりするような話なんだけど……」  ぽつりぽつりと、蒼香は今夜の出来事を語り出す。    
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