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#2サイモンのため
「なん、で……何でなのよ〜〜〜〜〜〜〜。」
成果報告を同僚たちにする中、キャサリンは成果物の写本を開き号泣した。確かにキャサリンはかの偉大なルシファー様の名を借りたが、この仕打ちは想定外だった。写本のページにはキャサリンとは程遠い、立派なルシファー様が堂々と描かれていた。
キャサリンがこのようなことになった原因は、二晩前に遡る。最近、人間の子供を下級悪魔として手元に置いたキャサリンは子どものためにと、以前以上に上級悪魔の仕事をしていた。二晩前、子どもを知り合いに預け人間界に登った。キャサリンは教会を中心に悪魔と契約しそうな人間を漁っていたが、中々見つからなかった。
このまま見つからないと、少し面倒ね。そう思いながら教会の壁を擦り抜けると、そこに修道僧がいた。そのそいつの過去を少しだけ覗いてみると、どうやらそいつは誓いを破り壁に埋め込まれているようだった。
「少し泳がせた方が良いわね。」
そう呟いたキャサリンは、そっとその修道僧に悪魔のみに見える印を付けた。
魔界に戻ったキャサリンは子どもを預かってもらった知り合いの家に向かった。魔界は朝になっており、微かな光が分厚い境の雲を通って仄かに照らしていた。知り合いの家に訪れた、家に入る。そこには知り合いに朝食を食べさせてもらっている子どもが座っていた。
「サイモン。昨日は良い子にしてた?」
「うん、ママ。」
「ラミア、昨日はありがとう。」
「良いのよ!この子、育てるんでしょ?私は協力するよ!今日もよね?」
「うん、そうよ。今夜また連れてくるわ。」
ラミアは「任せて!」と言い、ドアを開ける。それに見送られ、キャサリンとサイモンは家路についた。
家に帰ってきたキャサリンは、契約できそうな人間を見つけたことを報告する手紙を使い魔に渡し、サタン王に送った。サイモンはそんなキャサリンを見つめていた。キャサリンはサイモンの方に近づき、胸元を見る。
「ブローチは……ちゃんと着いてるわね。昨日は眠れた?」
「うん。ちゃんと寝れた。」
「良かった。」
キャサリンはサイモンの頭を撫でながら安堵する。サイモンを下級悪魔として迎え入れ、最初に心配したことだった。サイモンは悪魔になったその経緯から、暗闇を恐れて目を閉じることも、キャサリンの目を見ることも出来なかった。困ったキャサリンは学生時代の本の山を発掘調査し、上級悪魔になる為の自作のマニュアル本(当時の主人がくれた紙を閉じたものである)を掘り出した。そのマニュアルにある、元人間を下級悪魔に使役する為の仕上げとして渡す小物のことを思い出したからだ。マニュアルによると、その小物は使役する悪魔が最も好むアクセサリーであり、錬金鍋で作ることが出来るらしい。
キャサリンは早速材料を集め錬金鍋に突っ込んだ。この後は悪魔特有の“呪い”を掛ければ良い。自分に付き従い逆らわない悪魔になる。それがこのアクセサリーに掛ける呪いであったが、キャサリンはそれを掛けなかった。その代わり、悪魔らしくない呪いを掛けた。
サイモンを再び預け、修道僧の元に向かった。修道僧は必死に全ての人類の知識を集めた写本を作っていた。また過去を覗くと、どうやら許しを得るためにこの写本を一晩で作ると誓ったらしい。悪魔から見ても無理だ。でも、悪魔から見たら好機だ。
「……堕天使ルシファーよ、この写本は私には作れない。私の魂と引き換えに、本を完成させてください……。」
それを聞いたキャサリンは満面の笑みを浮かべた。
「修道僧よ、その誓い、本当にこのルシファーと立てるか?」
キャサリンがそう声を掛け修道僧の前に現れる。修道僧は目を見開いた。恐らく、そこには恐ろしい悪魔ではなく人の姿をした魔女がいたからだろう。
「私はルシファーだ。ルシファーに代わりお前と誓いを立て、その本を完成させん。」
悪魔に誓いを立てようとする人間への決まり文句だった。修道僧はそれに強く頷いた。それを見たキャサリンはまた笑い、纏めたい内容と装丁を聞き出し魔力を修道僧に送り込み、高速で執筆させた。途中修道僧の思想が入ったが、本は二冊出来上がった。一つは人間界に残す用、もう一つはサタンに提出する用だ。
「ルシファー様、本当にありがとうございました。お礼に本のページに貴方様の肖像を描かせていただきました。」
キャサリンはそれを言われ満足すると、修道僧の魂を抜きランタンに詰める。完成したその本は巨大で、悪魔が作ったと言っても差し支えない出来だった。キャサリンは自分の肖像が描かれたことに嬉しくなりながら、魔界に戻って行った。
道中、仕事が終わり本を運ぶキャサリンはふと、サイモンのことを思った。あの子、ちゃんと寝れているかしら、と。あのブローチを付けている限りは死に際の苦しみから解放される。しかし、長時間外すと忽ちその苦しみに支配されてしまう。キャサリンが使役する為に逆らわない呪いをあのブローチに付ければ、サイモンは長時間外しても苦しみに支配されなかったであろう。だが、当時のキャサリンは付けなかった。正確には付ける気にはならなかった。
幼いサイモンを抱き上げた時、使役ではなく育てたいと感じた。見知らず知らずの、しかも元人間の下級悪魔に、そんな感情を抱いた。キャサリンはその気持ちを、生きている中で初めて感じた。腹の中で胎動を感じずとも、生まれた直後の温かさに触れなくとも、名付けに頭を使わずとも、この感情が生まれることを、キャサリンは知った。それを知り感じると、ブローチに掛ける呪いは決まる。あのブローチには、魔界で楽しく生きろという呪いを掛けた。その呪いが正常に発動するか分からないが、少なくともサイモンにはそう生きて欲しいと考えた。キャサリンはそんなことを思い出しながら、魔界へ急いだ。
「見なさい!ここ最近で一番の成果物でしょ!しかも肖像まで入れてもらったのよ!」
嬉々として帰還したキャサリンは上級悪魔の成果報告で、そうアピールした。この時のキャサリンは自惚が強かった。同僚たちは黒い地に各々の色が乗った眼を本に向けた。物珍しそうにする者、誰が持っていくと思っているのかと顔に出す者、ページを見たそうにする者、興味が薄い者と様々だった。
「キャサリン!貴女の肖像、私見たい!」
一人の悪魔が言った。キャサリンはそれに応え、肖像のページを捲る。その瞬間、キャサリンは膝から崩れ落ちた。
「なん、で……何でなのよ〜〜〜〜〜〜〜。」
そのページには金髪に青い眼を携えたキャサリンではなく、真緑の顔に赤い二本の舌、赤い爪と角を携えた“人間が想像するルシファー”だった。それを見た同僚たちは、当たり前だろと言わんばかりの者、サタン様がお喜びになると顔に出す者、ページを見て笑いを堪える者、少し興味を持った者になった。
「当たり前だろ、キャサリン。俺たちは名前がバレないように偉大なルシファー様の名前で人間と契約をするんだ。ルシファー様の名前を人間に告げたら、人間は君をルシファー様のお姿で見るだろうよ。」
それを聞き更にキャサリンは号泣した。肖像を見たがった悪魔がキャサリンを慰めていると、メスが羊の少女を撫でながらキャサリンの前にしゃがみ込む。
「人間の目から見たら君はああ映ったかもしれない。しかし、君は私から見ると綺麗だ。」
「アンタに言われても嬉しくないわよメス〜〜〜〜〜〜。」
キャサリンが泣きながら言うと、メスは「やれやれ」と羊の少女を撫でた。事態の収集がつくか分からない中、一人の悪魔が声を出す。
「キャサリン、君はよく頑張った。この本も内容は兎も角、サタン様はお喜びになるだろう。私が献上しておこう。」
その悪魔の真顔は余計にキャサリンに刺さったが、落ち着くことができた。
同僚達と解散した後、顔を洗ったキャサリンはページを見たがった悪魔に謝り家路についた。人間の所為で泣かされた。そう思いながら、取った魂を見た。ラミアの所へサイモンを迎えに行って家に帰ったら、この魂をスープに入れても良い。若しくは、サイモンが大好きなクッキーに入れても良い。以前、取ってきた魂をそのまま食べさせようとしたが、サイモンは嫌がった。その為キャサリンは料理に混ぜることを考え、以来そうしている。クッキーに入れるとしたら、ジャムも付けてあげようかしら。そしたらまず、ジャムを作る必要があるわね。それもサイモンと作ろう。キャサリンは心躍らせながら、朝方の魔界を歩いた。
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