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#5定例地域会議議事録
定例会議に意味などあるのだろうか。ベルゼブブは時折同僚達を見ては考える。月に一度、七地域を治める眷属達を集めよとサタン王に定められている以上自分含め行わない選択肢は無い。しかし、行わない選択肢は無くとも、中身が無いという選択肢が無いわけでは無い。
「さて、今月の定例会議を始める。この会議での報告は通常通りサタン王に報告されるが故、今回こそまともな報告が来るよう祈っている。」
「はぁ~い。ブブちゃん。」
「その呼び方は辞めろと言ったはずだ。」
ベルゼブブの開会の言葉に気の抜けた返事をしたのは、色欲地域の片翼・リラであった。入室の際にベルゼブブに注意されたフードをやっと外した彼女は、伸ばした横髪に触れながら答えた。ベルゼブブにとっては太古の昔からしているやり取りに、最早何も感じない。ベルゼブブはまとめた議題リストに目を落とすと、目に付いたものから取りかかることにした。
「では、返事をしたリラ殿から聞こう。リラ殿、君の配下から天国に行った者、現世から連れてきたものの人数を報告せよ。」
「先月は現世から連れてきた人間はゼロ人、天国に行った子達は八人よ。あの子達を迎えに来た生意気天使、堕天させてやりたい……。」
「あの生意気天使だったのか。堕天させるときは俺も呼んでくれ。俺もあいつを堕としたい。」
リラの言葉に反応したのは色欲地域の片翼・アスモデウスだった。
「その話は会議の後でやるように。ではアスモデウス殿、先月の出納を述べよ。」
「先月は悪魔貴族どもの付き合いパーティーが殆どだ。先々月の倍と言っておこう。」
「分かった。そう報告しよう。」
「そうしてくれ。」とアスモデウスに言われた、ベルゼブブは太古の習慣通りに記した。この後は重要な事柄、とりわけサタン王が知りたがっていることから聞いていくしかない。ベルゼブブにとっての会議とは、結局太古の昔からの作業を延々と繰り返すだけなのだ。中身のあるものにするためには同僚達に統治を真剣に行わせ、トップとしての自覚を持って貰わなければならない。しかし自分を含め、他の同僚に何か変えろと言われても変える者はいない。変える権利は眷属同士では発動せず、行えるのはサタン王のみ。その事実を理解し今まで側近として、暴食地域の統治する者を勤めている。昔からだ、とベルゼブブは思い再び議題リストに目を落とした。
「では次、サタナエル殿。君が先日、誤って発電所に落雷した件はどうなった?」
その言葉を聞き、サタナエルと呼ばれた悪魔はゆっくりベルゼブブの方へ顔を向けた。持参した資料を手にした彼は深いため息を吐く。
「その件だが、解決した。発電所の復旧は終了し、住民達にも謝罪した。」
サタナエルの性質上、この手の事故は二月に一度は起こっている。いつもは郊外の誰もいない場所や堕落した人間どものエリアに落とすのだが、今回は勢い余って発電所に落としてしまったらしい。その報告を聞いたときには気が遠くなりそうだったが、昔からと思えばどうでも良かった。サタナエルはサタン王の分離体という立場からか、同僚達の中ではまともに統治している方だ。そんな彼の落雷事故など、かわいいものだ。
「報告感謝する。以後気をつけるように。次、ベリアル殿。」
ベリアルと呼ばれた悪魔はベルゼブブに反応した。目元を頭頂部から伸びる純白の羽で多い、口元は微笑みを浮かべる彼は、口角を優しく上げたまま答えた。
「これまで通り、人間達の地区には定期的に罰を与えております。魔界の法は今のところ現世に合っています故、問題はありません。また悪魔達の自治は堕天使達に任せていますが、特に問題は起きておりません。」
それは君に報告できないだけでは?、という疑問は口にしないでおいた。ベリアルは、天使下がりの悪魔、つまり堕天使の中でもかなりの扱い辛さが光る悪魔だ。あのサタン王ですら手を焼き、魔界一の激務である法の仕事と傲慢という肩書きを与えた。その結果、サタン王に反逆の姿勢を見せたり同僚に攻撃したりしていない。またそんな仕事を与えられたせいかサタンを崇拝し始めている。
「問題無いのならそれで良い。続けてくれ給え。次、アマイモン殿。」
ベリアルの行動はまだ観察する必要がある、と記しながらアマイモンを指名した。アマイモンと呼ばれた悪魔は、金貨いじりをやめた。
「他地域からの移住は先々月から増加傾向。人間どもも強欲地域に根付いている。天国にはしばらく行けないだろうな。」
そう言ったアマイモンはベルゼブブを真っ直ぐ見詰めた。ギラギラとした真っ直ぐな目は他の悪魔にはないものだ。その目をアマイモンが持つのは、その生まれからだろう。
「あ、あと将軍。この前伝えたスマホ普及に関してだが、今の電話普及のことを考えると後三〇〇年ほど待って欲しい。」
「分かった。スマホの件はサタン王にしっかり伝えておく。邸宅の増設を続けるのは良いが、くれぐれも他の地域に被らないように。」
「分かったよ、将軍。」
アマイモンはベルゼブブのことを唯一「将軍」と呼ぶ眷属だ。それは彼自身が立場をわきまえた結果の態度と、ベルゼブブは考えている。アマイモンとは個人的な協力関係を結ぶことも多いため、特に悪い気はしない。
「理解して貰えたなら良い。次……リヴヤタン。」
彼女からの報告は無いに等しい。それはベルゼブブも理解している。しかし、定例会議という場では聞かないわけにはいかなかった。
「憎い……アテネ……姉様……」
「分かった……。次、ベルヴェゴール。」
魚と蛇の塊から発せられるか細い言葉は、彼女の全てだった。そんな彼女の言葉を耳にする眷属の反応は様々だが、皆一様に哀れみにも似た感情を向ける。彼女の生まれを知れば、どんな非道な悪魔でもその感情は湧くものだ。ただ怠惰の眷属を除いては。
怠惰の眷属のベルヴェゴールはそんな空気の中でも寝息を立てていた。寝間着に等しい装束で雲の上で寝るベルヴェゴールにとって、眷属達の感情を推し量るなど面倒なことだった。そんなベルヴェゴールの隣にはメイドがいた。
「……君に任せても良いか?」
「問題ありません。」
メイドに任せると、そのメイドはベルゼブブに身体を向ける。
「代わってお答えします。現在ベルヴェゴール様の代わりに堕天使達が管理しております。問題は多数ありますが、各々の堕天使に任せております。先月に解決した問題は数多ありますが、未解決のものはもっとあります。この場で報告いたしますと時間の無駄ですので、後日書類にまとめてお送りします。」
「報告感謝する。そうしてくれ。しかし、君の主人はいつもそうなのか?」
「はい、食事も眠気眼で摂っております。」
「私の地域にいれば、熟睡してても食事できるのだがな。」
その言葉はメイドの口角を上げた。他の眷属の口角も僅かに上がる。これが閉会の合図だ。
「これにて会議は終了する。この会議の内容はサタン様に私が報告する。以上だ、解散。」
その言葉が発せられると各々帰路についた。今回は少しは中身のあるものになった。そう思いながらベルゼブブも帰路についた。
執務室で報告書を作る。ベルゼブブの数ある仕事の一つに過ぎないが、ベルゼブブはこの作業を魔界が出来た頃から行っている。今までのメモも保管してあるが再度目を通したものは数えるほどしか無い。今回の報告書は以下の通りだ。
色欲:現世連行ゼロ人、天国帰化八人、出納推定一億カロン。
憤怒:発電所落雷事故の復旧完了。
傲慢:問題なし。定期的な罰欠かさず。
強欲:他地域からの移住増加傾向。スマホの普及は様子見。
嫉妬:今月も意思疎通不可能。調査隊の派遣検討。
怠惰:代理人による報告。本人は熟睡。問題解決は堕天使に委任。未解決の問題は書類送付にて報告。
暴食:各地域への食糧供給異常なし。
長年やってきた末の書式を、ベルゼブブは気に入っている。結局単調なのが一番良いのだ。茶を啜りながら、ベルゼブブは報告書を眺めていた。すると、その下に先月の会議のメモがあることに気がついた。保管し忘れていたことに気づきすぐに手に取る。基本、会議の無いような報告書作成が終わり次第忘れるが、この会議だけは忘れられなかった。
色欲:現世連行、天国帰化数えず、出納管理せず。
憤怒:落雷事故の為欠席。
傲慢:理由不明の欠席。
強欲:他地域からの移住増加傾向。電話普及率も上昇。スマホの普及も視野に入れる。
嫉妬:今月も意思疎通不可能。リラに対して悪態を吐き過ぎリラと喧嘩。会議一時中断。
怠惰:代理人による報告。本人は熟睡。問題過多でメイドだけでは手に負えず。堕天使への委任を検討。
暴食:各地域への食糧供給異常なし。
悪い会議の例として、マニュアルに追加しよう。この決定が、ベルゼブブの仕事の締めになった。
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