#6キャサリンの義理の祝福

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#6キャサリンの義理の祝福

 今日の母さんは、お菓子の魔女かも知れない。  早朝からキッチンとダイニングを行き来するサイモンはそう思いたくなってきた。よく分からないが、母であるキャサリンは昨日、サイモンに朝からクッキーやケーキを作ることを宣言した。その為、昨日は市場に行って小麦粉やフルーツ、牛乳を買い、郊外に行って大量の甘味を取りに行った。ここは暴食地域、市街地から出れば甘味や美味なものが溢れている。それを取りに行ったサイモンは甘い匂いでフラフラになっていた。しかし、ただ甘ったるい匂いも母の手に掛かれば心地よい、おいしそうな香りになる。  バタークッキーにチョコクッキー、「おめでとう」と書かれたアイシングクッキー、ジャムが入ったサイモンの好物クッキー、妖精ケーキと呼ばれる暴食地域の名物ケーキ……、様々な甘味が置かれたテーブルに、地獄鳥の丸焼きが追加された。普段二人で食事する簡素なテーブルは、たちまち暴食パーティーテーブルになった。そして奥の部屋に置いてあった一つの椅子が置かれ、三人分の席が作られた。それを見たサイモンは何となく、キャサリンがこれらを用意した理由が分かった。  玄関を誰かがノックする。そのノックは軽やかで、手慣れたものだった。 「今出るわよ。」  キャサリンが応え、ドアが開かれる。そこには少し前、ブローチを見つけてくれたメスだった。その腕には以前は立っていた少女が抱えられていた。メスはサイモンと目が合うと、少し微笑んだ。 「やぁ、サイモン君。あの夜以来だね。今日は君も手伝ったのかい?」 「えぇ、あのときはありがとうございました。それで今日は、メスさんのお祝いですか?」 「そうよ。この人、あのサタン様に認められて眷属になったんですって。」  メスのコートを掛けながら、キャサリンは大げさに言った。サイモンはメスについてキャサリンからあまり多くは聞いたことはない。ただ、このようにお祝いをしたり、時折家に来ては世間話をしたりする仲なのは知っている。サイモン自身はメスを時折町の広場で見かけている。その時のメスは大抵噴水の淵に座り、いつも傍らに立っている少女を膝に乗せ話しかけていた。近所の人達はメスをなんとも思っていないが、元人間のサイモンからすると少し不気味に映っている。ただ、今目の前に少女と座るメスは穏やかにお祝いを受ける人間の様だ。 「サイモン、席に着いて。今からお祝いするわよ。」  奥から紅茶やジュースを乗せたワゴンを押してきたキャサリンは、サイモンに促す。サイモンはそのままいつもの席に座った。キャサリンはサイモンと少女にジュースを、紅茶をサイモンと自分のカップに注いで腰を下ろす。 「では、メスの眷属就任に、かんぱーい。」  やや棒読みのキャサリンの言葉を合図に乾杯し、各々お菓子や肉を食べ始める。サイモンはいつも食べているが、やはり母の作ったお菓子はおいしい。そう思いながら食べていると、ふとメスの食べ姿に目を遣った。メスは自分の分のクッキーを確保していたが、それ以上に少女が食べることの方が重要なことのようだった。少女は遠目で見ると普通の人間のような雰囲気だが、近くで見ると人間というよりも人形のような印象を受ける。悪魔の中にも人形のように容姿が整っていたり、華奢であったり、肌に殆ど凹凸が無かったり、関節が球体になっていたりする者もいる。 しかし、メスが連れている少女はそのどれでも無いような、あるいはその全てを持っているようななんとも言えない雰囲気を纏っている。関節は服や手袋に覆われ確認できないが、肌は青白く凹凸は無く、普通の人間の少女よりも恐らく華奢で、容姿は整っている方であろう少女の口は、本当に動くのだろうかと思ってしまうほど作り物の様にみえた。しかしその口はメスがクッキーを差し出すとしっかり動かして食べており、腕もメスがジュースを差し出せばコップを受け取りしっかり飲む。ただ、動作一つ一つは顔の印象と合致せず幻を見ているかのようだった。 「というか、メス。」  キャサリンの声で、サイモンは少女を見詰めてしまっていたことを自覚した。 「あんた、なんで今更眷属になったの?あんたが私と魔界に落ちた後、しばらくサタンの下僕として一緒に魂狩りしたり書類とにらめっこしたりしてたじゃない。サイモンもこんなに大きくなったし。」  初めてキャサリンとメスの付き合いがそんなに前ということをサイモンは知った。今お祝いしているメスさんは一体何者なのだろうか。 「私の生前の行いをやっとサタン様が認めてくださったのさ。これで眷属は七眷属から八眷属になった。まぁ、別に領土が貰える訳では無いから、地図は変わらないがね。」  肉を頬張りながら聞いていたサイモンは、書類の変更が面倒になるという気持ちは杞憂だったことに安堵しつつも、メスが元人間であると言うことに内心驚いた。生前も少女に話しかけるような、人形に話しかけるような人間だったら、ある意味悪魔扱いされてもおかしくないと考えてしまった。 「あんたは神の代わりにサタン様だったからねぇ。私もあんたに共鳴して信仰してたのよ?そのお陰で最期は散々だったけど。」  キャサリンが自分と同じ人間だったことは知っていた。しかし、キャサリンがメスと共に行動し、そのせいで死に際が悲惨だったことは知らなかった。自分も十分悲惨で時折思い出しては怯えるが、あれはほぼほぼ村人の狂った思考のせいだ。でも母は、キャサリンはメスと行動していたのが原因だ。そうなるとメスに対してどう考えて良いのか分からない。 「ん?サイモン大丈夫?この話、してなかったっけ?……してなかったね!!?ごめんごめん……。別にお母さんはメスのことは何も恨んでないし、メスに会ってなかったらサイモンにも会えなかった師……。とにかく気にしなくて良いからね!」  呆然と自分を見るサイモンに、キャサリンはジュースを差し出し「ほら!お祝いしよ!」と棒読みのかけ声の時とは打って変わった態度で促した。サイモンはそんなキャサリンを見て、今は気にしないでおこうと考えた。 「うん大丈夫だよ、母さん。少しびっくりしただけだから。」  そんなやり取りをする二人を、メスは微笑みながら見ていた。その後も大量に作ったお菓子や、一人ワンホールの妖精クッキーを頬張り、主にキャサリンとメスの昔話や世間話で部屋は満たされた。その間も少女は時折メスに差し出されたお菓子を頬張っていた。  お開きの時間になり、メスと少女を見送ろうとするとメスは何かキャサリンにメモを渡した。新しい家の住所らしく、サイモンの見てみると同じ暴食地域内で、バスで行ける距離だった。次はこっちが尋ねる番か、そう思いながらメス達を見送った。  パーティーの片付けをしているとき、キャサリンの独り言のような言葉が聞こえてきた。 「まだ、あの子といるなんて……私だって言葉が欲しかった……手放せないだけよね……」  サイモンはその言葉については追究しない。今回のパーティーはその気持ちを整理するためのものなのか、それとも気持ちをメスに気付いてほしいものなのかは分からない。ただ、母のやりたいことに、息子として協力するだけだ。
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